ジンバブエの独裁者を追い落とした「妻への愛」

朝日新聞ヨハネスブルグ支局長・石原孝氏インタビュー【前編】

石原孝
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──石原さんは、2013年にムガベ氏が来日したときには直接彼にお会いしていると伺っています。実際にムガベ氏と会われて、印象に残っていることはありますか?

2013年6月、24年ぶりに来日をしたムガベ氏にインタビューをしたことがあります。横浜のホテルの一室に入り、まず第一印象として思ったのは、小柄で、声も小さいお爺さんだったということでした。そしてそれ以上に驚いたのは、側近の多さです。10人近くに囲まれながらインタビューをするのは、記者人生のなかでも初めての経験でしたね。ムガベ氏が何か冗談を言うと、側近の人たちが一斉に笑い出して。側近たちもひとりのお爺さんを”よいしょ”しなくちゃいけない。これが「独裁者」なのかと思ったのを覚えています。

「自発的」な退陣表明を行うムガベ氏

国営放送でムガベ氏の退陣表明が放送された(写真:AFP/アフロ)

政変直前の11月19日に行われた、ムガベ氏の国営放送の演説を私も聞きましたが、言葉をつっかえることも多く、4年前に比べても「老けたな」という印象をもちました。どんなに権力をもっていても寿命はある。ムガベさんといえども、やはり年には勝てないのだということを感じました。

──そのムガベ氏も、1980年に国に独立をもたらしたときは国民から「英雄」とみなされていました。日本人にも知られている南アフリカの元大統領、ネルソン・マンデラ氏のように「英雄」であり続けられるリーダーと、ムガベ氏のように「独裁者」と呼ばれ失墜するリーダーを別つものは何だったとお考えでしょうか?

ムガベ氏は、就任してから10年くらいで権力の座から降りていれば、英雄のままでいられたのだろうと個人的には思っています。大統領になる前の経歴はマンデラ氏とも似ていますが、彼との違いは、マンデラ氏は一期で大統領を辞めていること。そして彼は、黒人と白人の融和を進めたという点で、アフリカではもちろん、国際社会からも英雄として認知されています。

それに対して、ムガベ氏は長く権力をもちすぎてしまった。ルワンダのように、国としてある程度うまく軌道に乗っていれば、独裁批判もそこまでされなかったかもしれません[編注:ルワンダでは、民族間の対立によって1994年に起きたジェノサイドを収めたルワンダ愛国戦線(RPF)の現代表、ポール・カガメ氏が大統領に就任した2000年以降、政府がICT教育や海外企業の誘致に力を入れ、現在に至るまで毎年8%前後の経済成長を続けている。小国でありながら政府主導でイノベーションに力を入れるルワンダは、しばしば「アフリカのシンガポール」とも呼ばれている]。しかしジンバブエの場合は、2000年代に白人の土地を強制収用したことで、国際社会、とくにイギリスとの関係を悪化させてしまった。そして欧米からの経済制裁を受け、国内でも失業率が最大で80パーセントを超え、国民の支持も離れてしまったのです。

2000年に入るまでは、ムガベ氏は教育や医療に力を入れており、ジンバブエの識字率が9割を越えたのも彼の功績です。そのときに辞めていれば、彼も英雄のままでいられたのだろうと思います。

──ムガベ氏は、なぜここまで辞めることができなかったのでしょうか。なぜ彼は、37年間も権力にしがみつかなくてはいけなかったとお考えですか?

グレース氏と結婚をしたのが運の尽きだったのかもしれませんね。グレース氏は海外でも多くの不動産を買っており、浪費家の妻の面倒を見るために、ムガベ氏も辞めるに辞められなくなったのかもしれません。もともとは教員をしていたムガベ氏は、かつては質素な人物だったそうです。それが変わってしまったのは、グレース氏と結婚してからじゃないかということは、実はジンバブエ国民の間でもよくいわれていることなんです。

今回の辞任の条件としても、ムガベ氏はグレース氏を含めた家族の安全を挙げています。彼女は2017年夏には息子のいる南アフリカでも暴行事件を起こしており、海外にも頼る場所がなかったのではないでしょうか。そうした問題児の妻を最後まで守ろうとしたところを見ると、ムガベ氏は、やはりグレース氏のことを愛していたのだろうと思います。

権力は一度もったら、そのうまみを欲し続けてしまう。今回の政変は「長期政権は腐敗する」ということをあらためて感じた出来事でした。とはいえ、ムガベ氏がジンバブエの「建国の父」であることは間違いありません。

新政権もムガベ氏の誕生日を国民の祝日にしており、彼の功績は今後も残されていくでしょう。

(取材・構成/宮本裕人)

【後編】「無血の革命」がジンバブエにフロンティアをもたらす?

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プロフィール

石原孝

1981年生まれ。朝日新聞ヨハネスブルク支局長。ロンドン大学東洋・アフリカ研究学院修士課程修了。長く所属していた大阪社会部では、学校法人「森友学園」の小学校建設を巡る問題などを取材した。共著に「子どもと貧困」。趣味は国内外問わず、旅行。「広い世界を見たい」と思い、記者を志した。

 
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ジンバブエの独裁者を追い落とした「妻への愛」

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