2019年春、ロシアで。取材こぼれ話2

宇都宮直子

 私は訊く。ロシアの女子シングルが強い理由をどう考えていますか?
「最大の要因は、ライバルがたくさんいることです。それが進歩を生んでいるのだと思います。サンボ70の『エテリ組』がその典型でしょう。強烈な競争が、すごい結果に繋がっています。
 ひとりが上手にジャンプを跳べば、2人目、3人目、4人目も跳ぶようになり、小さい子たちも『自分もこういうふうに跳びたい、美しく滑りたい』というふうになる。互いにインスピレーションを与え合い、相乗効果を生んでいくんです。
 女子シングル全体に言えることですが、皆、互いの様子を見ながら、『自分が抜け出た存在になりたい』と願っているわけです。それが、今のロシアの状況だと思います」
 最後に、彼女のコーチであるアレクセイ・ミーシン氏について訊ねた。あなたにとって、彼はどんな存在なのでしょう? 
 トゥクタミシェワは、その日、初めて口ごもった。
「おそらく、いちばんの人……」、と言いかけて止める。
「ちょっと考えさせてください。私には、とても難しい質問なんです」
 だけど、そう時間はかからなかった。わずかの間を置き、また話し始める。
「ミーシン先生は、私の人生にとってすごく大きな存在です。とてもひとことでは言い表せません。
 とにかく素晴らしい教師であり、まあ、ある部分では、私のおじいちゃん的な存在でもあります。
 先生はものすごく聡明な人です。何でも相談できます。あれだけの知性を、いったいどうやって頭の中に納めていられるんだろうと、ときどき不思議に思います。それくらい素晴らしい人です。尊敬しています。

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プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
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2019年春、ロシアで。取材こぼれ話2