2019年春、ロシアで。取材こぼれ話3

宇都宮直子
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 タチアナ・タラソワは、日本で出版されたムックを見ている。私が持参したもので、「羽生結弦」がたくさん掲載されている。
「きれいな雑誌。日本の女の子たちもいますね。この知子(宮原)の写真、かわいい。彼女はとてもいい子です。
 ところで、羽生は昨日、スケーティングをしたそうですね」
「はい、四回転トゥループをきれいに決めました。ルッツは……」
 それ以上、話す必要はなかった。タラソワは軽く頷いた。
「全部、知っています」
 ムックのページをゆっくりめくりながら、
「私、こういう本、大好き」
 と彼女は続けた。

「初めて見たとき、羽生はまだ小さかったけれど、偉大なチャンピオンになるとわかりました。すぐにです。
 彼は素晴らしい才能を持っていました。才能と努力を融合させてオリンピックを二度勝ちました。
 さて、三度目はどうでしょう。ロシア語のことわざで『神は三という数字を好む』(「二度あることは三度ある」という意味。また、その逆に『三度目の正直』という使い方をする場合もある)というのがあります。神が三を好むのなら、怪我さえなければ……。
 オリンピックは、ほんとうにハイクラスな戦いです。その戦いに勝つためには、自分の持てるすべての力、ありとあらゆる力を出し切らないといけません。
 単にたくさんトレーニングをするだけでは、オリンピックには不十分です。計算をし尽くして、なおかつ『もしかしたら』という次元の戦いなのですから。

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プロフィール

宇都宮直子

ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は二〇年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』ほか多数。

 

 
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