世界最大「三峡ダム決壊」で、中国壊滅危機は本当か?

姫田小夏

九州はじめ全国で豪雨被害が出ているが、実は中国でも大雨による被害が発生、暴雨警報がなんと連続40日を突破した。そして、この豪雨により、長江にかかる世界最大の三峡ダムは水位上昇が止まらず、日本でも「三峡ダムは安全なのか」「いつまで持つのか」などのニュースがインターネット上で飛び交っている。仮に決壊すれば中国の国土は未曾有の大洪水に呑み込まれる。実際そんなことが起こりうるのか。現地の事情を取材した。

 

ものすごい勢いで放水する三峡ダム(2020年7月19日)。写真提供/ユニフォトプレス

 懸念される三峡ダムの決壊

 日本では7月3日以降、九州や中部地方で集中豪雨が発生している。特に熊本県の球磨川では13カ所の氾濫・決壊で広範囲が浸水し、死者数は60名を超える大惨事となった。だが、中国では日本と桁外れの洪水被害が起こっている。

 三峡ダムは、重慶に至る長江上流域と湖南省・江西省・安徽省に至る長江中流域の間に建設された水力発電ダムで、貯水池の全長は660キロにもおよぶ。下流域は江蘇・上海・浙江に続いている。

 三峡ダムは1994年に着工、2006年に本体工事が完了し、2009年から発電を含む全プロジェクトが本格稼働した。洪水の抑制や発電、長江上の輸送、内陸部の経済開発など多くの期待を背負った一大プロジェクトだが、実は、この世界最大の水力発電ダムの崩壊がまことしやかにささやかれている。

 憶測の背景にあるのが、グーグルの航空写真に写り込んだ「堤防が歪んだダム」をめぐる論争だ。日本や中国、台湾でも多くのネットメディアがこの変形を取り上げているが、衛星写真を見ると、確かに歪みが生じているように見える。

論争になったグーグルアースの写真。しかし、今ウェブで検索すると真っ直ぐなように見える。補正された? ©Google Earth

 

 この論争に火が付いたのは、1年前の2019年7月だった。中国中央電視台(CCTV)はニュース番組で、中国航天技術集団と国家地理信息の衛星画像を紹介、これら映像にはまっすぐなダムの堤防が映っているとし、この変形を否定した。同時に、歪んで見える理由として、衛星の速度や地球の曲率、地形の起伏などの可能性を指摘した。

 しかし、中国側に正当性があるならば、他の中国メディアもネットユーザーにわかるよう、同じアングルの画像をもっとはっきりと提示すべきだろう。この問題に関しては中国側の積極性がないせいか、今年もまたこの論争が再燃した。

 三峡ダムの安全性については一貫して批判の声をあげる人物もいる。ドイツに在住する水利専門家の王維洛氏はその急先鋒だ。彼は三峡ダムの論文の中で、安全性を指摘する別の学者の論文を多数紹介している。

「建築物存在的主要安全技術問題(建築物に存在する主要な安全技術問題)」は「1~5号ゲートに見られる亀裂」について指摘、「三峡工程坝基岩体渗透性(三峡プロジェクトのダム基礎部分の岩盤の浸透性)」では「8~10号ゲートの基礎の岩盤に水の浸透がある」ことが、また「三峡大坝已严重变形危如累卵(三峡プロジェクトには深刻な変形の累卵の危うさ」では「コンクリートの中の鉄筋の使用量が少なすぎる」という指摘がある。

 不自然に感じるのは、三峡ダムの安全性を批判する学者は王維洛氏以外にほとんど名前が出てこないことだ(上記の3つの論文も大きくは取り上げられていない)。

 大阪の私大工学部を卒業、その後、日本に永住する中国出身のエンジニア(57歳)は「三峡ダムはプロジェクトが大きすぎるので、当時多くの人々を慄かせたが、現段階での問題点は環境問題と地震発生リスクに絞られてきている」と語る。

 習近平政権下では言論統制が厳しくなると同時に、米中関係、大陸と台湾の両岸関係も複雑さを増している。「ダム批判は大陸の粗探しをしようとする米国や台湾の一部の勢力に利用されている一面もある」(同)

 しかし、瑕疵をはじめ、三峡ダムにまつわるさまざまな問題が潜在していることは否定できない。三峡ダムの建設決議が1992年の全国人民代表大会を通過してからちょうど10年目、カナダの環境NGOが主宰するWEBメディア「三峡探索」に、中国の専門家が匿名で寄せた手記がある。内部文書を中心にまとめられた文章には、ダムの壁上に大人の手が入るぐらいの大きな亀裂があること、発電が安定していないこと、洪水防止能力は宣伝されているほど高いとは言えないことなどが指摘されていた。

 またダム建設には、住民の立ち退きのための資金が役人の懐だけを潤したという「腐敗問題」が存在し、結果として多くの住民が貧困に転落したことや、著しい環境破壊がもたらされたことも書かれている。

 今年3月7日、福建省泉州市で違法建築、違法改築を原因とする大型ホテルが倒壊する大惨事があり、国土資源局元局長や区の全人代元副主任とともに市の幹部ら49人が処分の対象になった。インフラ開発、マンション開発がそうであるように、土木・建設プロジェクトは中国において腐敗の象徴であり続けてきた。

 三峡ダムも世界に誇る国家級プロジェクトとはいえ、それそのものが汚職の温床だった可能性は払拭できない。国民がその安全性にふるえるのは、本来、監督管理する側の役人が贈賄に汚れ、手抜き工事を見逃すという腐敗の構造を常に身近にしているためである。

 この“曰くつき”の三峡ダムが、降り続く豪雨の影響で水位が上昇している。6月29日に147.57メートル、7月4日には149.37メートル、7月11日には150.5メートルに達した。

 すでに増水期の標準水位を2.57メートルも超えたことから、三峡ダムは6月29日、今年初めての放水を行った。下流域の武漢市では入梅の暴雨とともに、この放水の影響で水位が上昇、7月12日にも三峡ダムが放水量を増やしたため、さらに水位が上昇し、市内の一部が湖のようになっている。

 長江沿いには三峡ダムのみならず多くのダムが配置されているが、突然の放水で逃げ場を失った住民が命を失うなど「ダムの放流」そのものが問題になっている。7月7日、安徽省黄山市では明け方4時に突然放流が行われ、濁流が田畑や工場を襲い複数名が命を失った。放水の予告については以前から「リードタイムの短さ」が指摘されている。

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プロフィール

姫田小夏

姫田小夏(ひめだ・こなつ)

東京都出身。フリージャーナリスト。アジア・ビズ・フォーラム主宰。上海財経大学公共経済管理学院・行政管理学修士(MPA)中国での現場ウォッチは25年超、うち約15年を上海で過ごす日刊ゲンダイ、ダイヤモンドオンライン、JBpress、時事速報などで中国動向をめぐる分析記事を長期執筆。著書に『インバウンドの罠』『バングラデシュ成長企業』ほか。 

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