今年10月、民間信用調査会社帝国データバンクの調査によると、9月までの全国のラーメン店の倒産件数が30店を超え、過去20年で最多となる可能性があると報じられた。
ラーメンに魅せられた人々
倒産の原因とみられているのが、業界内の競争の激化だ。総務省と経済産業省の調査によると、2016年で全国にラーメン店は約1万8000店あった。これはコンビニエンスストアで店舗数業界2位のファミリーマート(約1万6600店)より多く、首位のセブン-イレブン(約2万10000店)に迫る数字だ。町を歩いていてコンビニがあれば、その町にはラーメン店もあると考えて良い。しかもラーメン店には個人経営のお店が少なくない。仕入れから調理、販売、さらに商品開発、経営まで店主個人の才覚に委ねられている。資本的・人的資本が貧弱で、ひとつ間違ったときの修正が難しい。
加えて価格競争が激しい。最近はトッピングなどを足していくと1000円を軽々と超えてしかも人気のラーメン店は出てきているが、やはりメインの価格帯は1000円以下で、その上限の下で創意工夫をして客の記憶に残るラーメンを作らねばならない。
こうした従来の厳しさに加えて、今年はやはり新型コロナウイルスの影響もあったようだ。ラーメン店主のなかにはコロナの影響を楽観視している人もいた。ラーメン店は個人客が多くて飛沫感染の恐れがある会話も少なく、食べればすっと帰るので滞在時間も短い。しかし外出自粛の影響で大人気のラーメン店から行列が消えるなど、影響は免れ得なかった。
ではラーメン業界はこのまま淘汰が進んでシュリンクしていくのだろうか。そんなことはない。
なぜなら、ラーメンを作りたい人々がいるからだ。彼らにとってラーメンは自己実現の手段であり、丼の中のチャーシュー1枚の位置すら他人に譲ることができない。たとえいくら厳しい途(みち)でも、ミュージシャンを夢見る若者がいるように、プロ野球選手を目指して深夜まで素振りを繰り返す高校野球の選手がいるように、彼らは麺を振る。自分の店を立ち上げるために。立ち上げたならひとりでも多くのお客さんにラーメンを食べてもらえるように。
この連載では、ラーメン業界を取り巻く環境と、厳しい世界とわかりつつも飛び込まざるを得ない人々の姿を描いていきたい。
日本全国に1万 8000軒。新規開店と閉店の「新陳代謝」を猛スピードで繰り返す、熾烈な市場競争。それでも、自分の一杯を極めるマニア性と一攫千金も夢ではない山師的な魅力は、多くの人々を惹きつけてやまない。 なぜ彼らはレッドオーシャンに飛び込むのか。その先に待っている世界の魅力と過酷な現実とは? ラーメンに夢中になり、人生を賭けた人たちの姿を追う。
プロフィール
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクションライターとして現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』『「謎」の進学校 麻布の教え』、最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。