大事なのは経営のコツと基本の型
この「食の道場」を運営しているケーピーコーポレーションの秋本茂克さん(58歳)がここを開いて今年で9年目になる。卒業生は約750人。卒業生のうちでミシュラン掲載店にまでなったお店は5店もあるという。
秋本さんが「食の道場」を始めたのは、もともと本業の仕事がきっかけだった。本業は飲食店の店舗設計や内装を手掛け、レンジや冷蔵庫といった大きな調理関連製品からお皿、丼といった厨房機器を納品もしている。飲食店に特化した総合プロデュース業のようなものだ。秋本さんは大学を出てすぐその業界で大手の会社に就職し、その後独立した。20年間で約4500軒の飲食店の立ち上げに関わった。そのうち1200軒がラーメン店で、うち700軒ぐらい潰れた、という。閉店するお店から厨房機器を下取りするのも秋本さんの仕事だった。戦い終えて敗残兵のように転がる製麺機やずん胴を見るたびに、秋本さんは「なぜラーメン店ばかりこうも潰れるのだろう」という疑問が浮かんだ。飲食店経営者にその疑問をぶつけているうちに、ある結論に達した。
「ラーメン屋さんは勉強していない人が多いんです。和食屋さんや中華屋さんは修業したりして、料理を作るノウハウだけでなくお店の経営のコツを掴んで独立しているのに、ラーメン屋さんは素人の自分が作ったラーメンが友だちにウケた、ぐらいの理由ですぐ脱サラして店を始めてしまう。だからすぐ行き詰まる」
秋本さんによると、ラーメン店の厨房機器は他の飲食に比べて格段に安い。たとえばお寿司屋さんやフレンチレストランだと、厨房機器だけで200万から250万円かかる。
「フレンチは火の所が他の飲食店と全然違います。お寿司屋さんはネタケースだけで特注すると200万円くらいかかる。加えて生のマグロとか扱うとマイナス50度の冷凍庫とか必要になってきますから、ものすごく高いんですよ」
しかしラーメン店の三種の神器は麺茹で器、スープを温めるガスレンジ、ずん胴に過ぎない。あとは冷蔵庫や製氷機は小さいものですむし、麺は業者から買うこともできる。
「だからラーメン店の厨房は中古とかで揃えていくと100万円くらいでできちゃう。このハードルの低さが、素人が気軽に飛び込む背景になっていると思います」
さらにラーメンという料理の自由さも、素人が基本を学ぼうとしないところにつながると秋本さんは考える。
「たとえばフレンチとかお寿司とかは、基本の型があるじゃないですか。ラーメンはスープと麺とタレと油さえ揃えれば、あとはなにをしようが『俺のラーメン』ですむ。地元特産品のまんじゅうをトッピングにしたっていいわけです。実際に知人でそれに近いことしてすぐお店を潰した人がいましたけれどね」
と秋本さんは笑った。
ラーメン業界は新規参入と閉店が入り乱れる飲食業界のレッドオーシャンなのは、こういう背景があったからである。
しかし潰れるラーメン店が多いからこそ、そこに商機があるのではないか。潰れない店を作ればいい。次回、秋本さんが「食の道場」で教えている中身について紹介する。ラーメンスクールの授業とは?
日本全国に1万 8000軒。新規開店と閉店の「新陳代謝」を猛スピードで繰り返す、熾烈な市場競争。それでも、自分の一杯を極めるマニア性と一攫千金も夢ではない山師的な魅力は、多くの人々を惹きつけてやまない。 なぜ彼らはレッドオーシャンに飛び込むのか。その先に待っている世界の魅力と過酷な現実とは? ラーメンに夢中になり、人生を賭けた人たちの姿を追う。
プロフィール
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。大学卒業後、ジャーナリストの故・黒田清氏の事務所に所属。独立後、ノンフィクションライターとして現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』『「謎」の進学校 麻布の教え』、最新刊は将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』(朝日新聞出版)。