100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けした
センバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について分析してきた。最終回となる今回は、決勝で戦った仙台育英と下関国際の戦略をデータから読み解く。
「白河の関」越えを狙った仙台育英の盤石な投手陣
2022年の夏の甲子園は、仙台育英が下関国際を8対1で下し初優勝。「白河の関」を越えて東北地方に初めて優勝旗をもたらした。
今年の仙台育英は、エースの古川翼と斎藤蓉を軸に、髙橋煌稀、仁田陽翔、湯田統真と言った5人の投手陣を上手く運用して2015年以来7年ぶりの決勝進出を果たした。
2015年はエースの佐藤世那が1人で投げ抜いていた。しかし、近年の仙台育英は球数制限が設定される2020年以前から複数人の投手の体制に移行しており、2019年にはエース・大栄陽斗を中心として鈴木千寿や笹倉世凪、伊藤樹の4人体制でベスト8にまで勝ち進んだ。
今大会の仙台育英は複数人体制をさらに強化し、5人全員が140km/h以上の投手を揃え、現代の高校野球において最適解とも呼べる投手陣を築いた。
下記が準決勝までのスコアと投手陣の投球内容である。
・仙台育英(2022年夏)大会チーム成績(準決勝終了時点)
得点39 失点10 失策3 盗塁8
チーム防御率2.25 チーム打率.403
・仙台育英(2022年夏)大会戦績
準決勝 :仙台育英 18-4 聖光学院
準々決勝:仙台育英 6-2 愛工大名電
3回戦 :仙台育英 5-4 明秀日立
2回戦 :仙台育英 10-0 鳥取商
・仙台育英(2022年夏)球数とイニングの内容(準決勝終了時点)
古川
準々決勝:4回 52球
3回戦 :2回2/3 53球
2回戦 :2回 19球
防御率3.12
斎藤
準々決勝:5回 71球
3回戦 :2回 31球
2回戦 :2/3 11球
防御率1.17
高橋
準決勝 :2回 37球
3回戦 :3回 46球
2回戦 :5回 60球
防御率0.90
湯田
準決勝 :4回 84球
3回戦 :1回1/3 31球
2回戦 :1/3 7球
防御率6.35
仁田
準決勝 :3回 61球
2回戦 :1回 20球
防御率0.00
投手が5人いる中で、1試合あたり100球を投げた投手はゼロ。軸となる投手は古川・斎藤・高橋の3人だが、準決勝では古川と斎藤を温存し、万全な状態で決勝戦を迎えた。
打線はホームランがゼロと派手さはないが、準決勝までの平均得点は9.75と歴代優勝校と比較しても遜色ない数字であり、チーム打率は.403。選手単位で見ても、打率4割以上が4選手(遠藤太胡打率.571・橋本航河打率.474・尾形樹人打率.462・森蔵人打率.429)いることもあり、かつての駒大苫小牧のような切れ目のない打線ということもわかる。
勝ち上がり方を見てみると3回戦では、明秀日立が投手の石川ケニーと猪俣駿太を3回入れ替えるトリッキーな継投をおこなってくるなか、7回裏に2点差をひっくり返し逆転勝利。星稜や明豊投手陣を打ち崩した強打の愛工大名電と戦った準々決勝では、主戦級の古川が5イニング、斎藤が4イニングを抑え、準決勝でも日大三や横浜といった強豪校を下した聖光学院に圧勝する。ここまでビハインド時の対応力の高さを見せつけながらも、余力を残して決勝に進出した。
大阪桐蔭と近江を破った下関国際の「基本に忠実」な戦略
山口代表の下関国際は、下馬評が高いとは言えないチームだった。
しかし、準々決勝まで進むと、センバツ優勝校の大阪桐蔭に9回の土壇場で逆転勝ち。準決勝の近江に対しても、競り合いを制して初の決勝進出を決めた。
今年の代の下関国際は、2021年の秋季中国大会では準々決勝で広陵に敗れて、惜しくもセンバツに出場はならなかった。その悔しさを晴らすかのように、決勝まで勝ち上がった。
下記が2022年夏のスコアと投手陣の投球内容である。
・下関国際(2022年夏)大会チーム成績(準決勝終了時点)
得点27 失点9 失策7 盗塁7
チーム防御率2.00 チーム打率.343
・下関国際(2022年夏)大会戦績
準決勝 :下関国際 8−2 近江
準々決勝:下関国際 5−4 大阪桐蔭
3回戦 :下関国際 9-3 浜田
2回戦 :下関国際 5-0 富島
・下関国際(2022年夏)投手成績(準決勝終了時点)
古賀康誠:4試合 18回1/3 防御率1.53
仲井慎 :4試合 17回2/3 防御率0.96
松尾勇汰:1試合 0回 防御率—
準々決勝の大阪桐蔭戦は、先発の古賀が苦しい立ち上がりになり、初回に2点を失った。しかし、強打の大阪桐蔭相手に5回2/3を4点にまとめたことにより、僅差でリリーフの仲井にスイッチができた。打線も大阪桐蔭のような派手な長打攻勢はなかったものの、無駄のない攻撃で得点を積み重ねた。とくに5回表の攻撃では先頭打者を四球で出塁後にしっかり送り、得点圏にまで進めたら、進塁打で三塁に進めて、当たっていた2番打者、松本竜之介のタイムリーで得点していた。このように基本に忠実に、なおかつ得点するのが下関国際の強みだ。その後の下関国際は5回裏の大阪桐蔭の攻撃の際に得点に絡む失策はあったものの、攻撃のミスなどはほとんどなく、出塁すれば得点圏にランナーを進めた。こうした着実な攻撃が、大阪桐蔭に対して「下関国際相手では四球すら許されない」というプレッシャーを与えたように思える。
大阪桐蔭の追加点のチャンスを乗り切ったのも、下関国際に勢いをつけた。7回は大阪桐蔭のバントミスによるトリプルプレーに助けられ、8回は1死2,3塁のピンチを仲井が大阪桐蔭の2番谷口勇人と3番松尾汐恩を連続三振に斬ってとり、チームに勢いをもたらした。9回表の下関国際打線は疲れが見え始めた大阪桐蔭の2番手、前田悠伍の外角攻めや外に逃げるスライダーを狙っているように感じた。この回は、1番の赤瀬健心と2番松本の連打からチャンスを広げたが、両打者ともに外に逃げるスライダーを打った。松本は赤瀬が出塁したことから犠打をするそぶりも見受けられたが、追い込まれてからスライダーを当てレフト前に運んだ。今大会はバントミスが勝負を決する場面が多かったが、その分バントのミスで追い込まれたらバスターなどの戦術でそのミスをリカバリーするチームが勝ち上がっていた。この場面の松本はバントミスではなかったものの、追い込まれてからの柔軟さを見せた。そのランナーを3番の仲井がしっかり送り、賀谷勇斗は初球のスライダーを狙ったがファール。大阪桐蔭の外野のシフトが左寄りだったことも踏まえて、賀谷は外角に張っていたのだろう。2球目の外に外れた145km/hの球を見逃し、3球目の多少緩くなった139km/hの真ん中寄りの外角のストレートをセンター前に運んで逆転タイムリーに。そのまま5対4で大阪桐蔭に勝利した。
高校野球のレベルであれば、外角攻めをすれば長打は避けられるというのがセオリーである。しかし下関国際は「当てただけでも飛びやすい」という金属バットの特性を上手く活用し、単打で繋いでいった。初見では簡単に打てないと言われる前田の外角に逃げるスライダーやストレートを各打者が2周以上見れたことも、このような勝ち方ができた要因だろう。
準決勝の近江戦では、大会No.1右腕山田陽翔を攻略する。この大会の山田の高めに浮く傾向をわかっていたかのように、失策で出塁後に3番の仲井が外角高めのストレートを弾き返して先制。3回表もこの回の先頭打者、山下が、外角高めの浮いたスラッターを右に弾き返して出塁。追加点に結びつけた。2点のリードを追いつかれた後の6回表も、二つの四球と野選(フィルダースチョイス)でチャンスを広げると、1アウトから6番の森が148km/hの外角高めのストレートを弾き返して勝ち越した。試合序盤から、徹底して山田の浮き球を狙っていたことがわかる。
山田が変化球を主体にピッチングを組み立てていたイニングでは、下関国際は得点ができていなかったものの、浮いた球を投げたところを逃すことなく得点して山田を攻略。継投においても、先発の古賀を流れが近江に傾き始めた2回で降ろして、仲井をロングリリーフさせ思い切りのよさを見せた。仲井は結果的に8イニングを投げ今大会最長のロングリリーフになったが、一見博打にも見える采配でも、仲井はものともせずに近江打線を抑えた。
格上の相手を2試合連続で制した裏側には、基本的なプレーがしっかりできる選手たちの実力と精密な戦略性の高さがあったのである。
100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。
プロフィール
野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。