日本一複雑な屋根
私は屋根マニアで、特に日本の神社の屋根には以前から興味があって、これまでに各地で各年代のいろいろな形を見て来ました。
ほぼ直線で構成される伊勢神宮の「神明造」や、ゆるやかに湾曲する出雲大社の「大社造」のように、神社の屋根は一般的に簡素なデザインが特徴と思われがちです。実際、そのパターンもありますが、そうでないものもたくさんあります。古い時代の例として、奈良の「春日大社」、京都の「北野天満宮」「石清水八幡宮」、岡山の「吉備津神社」などの屋根は複雑に組まれています。屋根の構造に遊びを入れて、屋根を二つ並べてみたり、または本殿と拝殿の建造物をくっつけてみたりと、その過程で突飛なものも生まれました。平安初期から「唐破風」が用いられるようになると、屋根のデザインはさらに装飾的に展開していきました。
特に城の建築が進むにつれて、「切妻」と「入母屋」の本屋根に、むくりの唐破風や「千鳥破風」が足されるなど、構造体と飾り方の種類も増えました。一般的に馴染みのない専門用語ですが、「軒唐破風」「比翼入母屋破風」などと呼ばれる複雑な破風が壁や窓、入口に付くなど、さまざまなバリエーションが出てきます。特に江戸時代に入ってからは、神社の屋根と祭りの神輿が、どんどん「歌舞いた」方向に向かいました。このような遊びは、お寺の建築にはあまり見られません。神道の方は次々と前衛的な屋根の形を試みていきましたが、なぜか仏教は神道より保守的でした。いずれにせよ、「神道=ミニマリズム」という先入観は現実とかけ離れています。
その興味をふまえて今回、福井県内にどうしても見ておきたい場所がありました。越前市の「越前和紙の里」の隣にある「大瀧神社」です。ここは「日本一複雑な屋根」を持つ神社として知られているのです。
日曜日の夕刻、日の入りに間に合うように大瀧神社を目指しました。越前和紙の里は、かつて和紙で栄えた町でしたが、いまは需要が減少し、活気も失われてしまったようです。日曜日だったせいか、どの店も閉まって人通りもほとんどありません。工芸を主要産業とした他の町も同じく、やや寂しげな印象を受けました。
大瀧神社は、その町の外れにありました。二本の大きなイチョウの木に挟まれるように入口となる鳥居が立っています。その手前にある看板によれば、ここは正式には「紙祖神 岡太神社・大瀧神社」という名になるようです。大瀧神社は第1回で訪ねた平泉寺白山神社と同じく、700年代に行者・僧の泰澄によって起こされたと伝えられています。当時、近くにあった岡太神社では女神「川上御前」が和紙の神様である紙祖神として祀られていました。1575年、二つの神社は越前一向一揆の戦禍に巻き込まれ、社が焼失してしまいました。それ以降は合併した形になって同じ境内で一つの神社として存続しています。
夕暮れが近付いた大瀧神社の境内では、神木と思われる古いスギの木と、足元の苔が夕日に照らされていました。本殿へと続く幅広の階段の両脇には立派な石灯籠が並び、階段を上った先にある唐破風の門は貫禄がありました。
その門の背後に見えた神社の姿には、思わず息を呑みました。本殿と拝殿がほぼ一つの建物に融合され、屋根が数層になって重なり、凸状に湾曲した「むくり」の唐破風と、凹状に反り返った千鳥破風の軒先が巧みに組み合わさっています。それは日本一複雑な屋根、という評判にまったく違わない造形でした。
この屋根は数種類の様式が合わさったものですが、総体的に見ると、神社によく見られる「流造」が下地となっています。屋根はいちばん背の高い奥の本殿から、長くゆるやかな曲線を描きながら前面に張り出す「向拝」(庇)となっています。向拝の上には、千鳥破風と唐破風が四段構成となって交互に重なっています。破風の角度は、地面と平行するものもあれば、軽く斜めに下がっているものもあります。英語では凹を「コンケーブ(concave)」、凸を「コンベックス(convex)」といいますが、この屋根はコンケーブとコンベックスの究極の積み重ねで、きわめて稀な眺めでした。日本一複雑といわれながら、全体としてはうまく調和がとれています。
大瀧神社の社殿は江戸時代後期の1843年に、永平寺の勅使門を作った棟梁、大久保勘左衛門が手がけた個性あふれる作品です。この屋根の“遊び”には、ヒノキなどの木の薄板を何枚も重ねていく「杮葺き」の技法が関わっています。杮葺きは茅葺きや瓦葺きに比べ、柔らかい曲線を描くことができます。大瀧神社の社殿は、奈良や京都の文化遺産のような長い歴史はありませんが、神社の屋根様式を極端化させた傑作です。現在は重要文化財に指定されていますが、国宝に格上げするよう推薦したいくらいです。
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