15年ぶりの日本人チャンピオン誕生なるか
2024年のMotoGP日本GPでもっとも大きな注目を集めたひとりが、小椋藍(MT Helmets-MSI)だ。現在、小椋はMoto2クラスのランキング首位で、チャンピオンの座を獲得すれば2009年の青山博一以来、じつに15年ぶりの日本人王者になる。最高峰のMotoGPクラスでは日本メーカーのホンダとヤマハが低迷して久しく、長く暗いトンネルから一向に抜け出せそうにない状態が続いているだけに、日本人ファンの期待は小椋がほぼ一身に集めていたといっていいだろう。
小椋は日本GPで2022年に優勝、2023年には2位表彰台を獲得しており、今年も当然のように好結果が期待された。土曜午後の予選を終え、日曜の決勝に向けて3列目9番グリッドという中段スタートになったが、走行後には「これくらいの位置だと、けっこういい結果になることが多いんですよ」と笑みを見せ、リラックスした様子も感じ取れた。
ちなみに、最終的な王座獲得の如何にかかわらず、来シーズンの小椋は最高峰のMotoGPクラスへ昇格することが決定している。所属先はイタリアメーカー、アプリリアのサテライトチーム、Trackhouse Racingだ。チームマネージャーはダビデ・ブリビオ、ヤマハ時代にバレンティーノ・ロッシをホンダから自陣へ引き抜いて最強時代を作り上げた人物である。また、2015年にスズキが活動休止から復活した際にはチームマネージャーに就任し、若いライダーを育成して次世代の中心選手を育て上げるという遠大な計画を立案した。そして、6年後の2020年に、当時23歳だったジョアン・ミル(現Repsol Honda Team)とともに世界タイトルを獲得した。
小椋の獲得を発表した8月に、ブリビオは、
「彼には、いわゆる〈粘り強さ〉がある。スタートが良くなくて後方にいるときでもけっして諦めず、順位をじわじわと回復してくる。この資質は、MotoGPでさらに伸びてくるだろう」
と述べている。じっさいに今季の小椋の成績を見てみると、17番手スタートで2位(フランスGP)、10番手スタートで優勝(カタルーニャGP)、7番手スタートで3位(ドイツGP)等々、中段位置のグリッドから上位でゴールしたレースはいくつもある。
今年のMoto2クラス決勝は、12時15分の開始直後に雨で中断し、20分後に仕切り直しで再スタートする不穏な状況だったが、小椋はブリビオが指摘する資質を存分に発揮して表彰台を獲得した。
霧のような粒の細かい雨が降るなか、スターティンググリッドでは、全28選手のうち20名が雨用のウェットタイヤを装着していた。一方、ドライコンディション用のスリックタイヤで臨んだのは、小椋を含む8名のみ。
「ウォームアップラップでブーツの裏で地面を探ってみたらツルツルせずにガガガって擦れたので、『あ、これはやんだ瞬間に攻められるな』と思いました。グリッドについて上空を見たときも降ってなかったので、1周目だけ抑えて走ればとりあえず大丈夫だな、と」
小椋は3周目でトップに立って後続を引き離していたが、やがて同じスリックタイヤ勢の選手が後方から猛烈な勢いで追い上げてきた。
レース前日の土曜に小椋は、
「ランキング10位の選手がぶっちぎって逃げても、頑張ってムリに追いかけないですよ。ラクに追いつけるだろうけど、そこはいろいろ(状況を)見て判断します」
と話していたが、追い上げてきたのはランキング6位でチャンピオン争いとは関係ない選手だったため、そのときの言葉どおり、冷静にレース展開を見極めた。
「スパッと抜かれたので、もう『はい、どうぞ』というかんじでした」
とあっさり前を譲り、最後は2位でチェッカーフラッグを受けた。20ポイントを加算したことにより、小椋はチャンピオン獲得の足場固めをさらに確実にした。早ければ、10月20日決勝のオーストラリアGPで15年ぶりの日本人世界王者が誕生する。
プロフィール
西村章(にしむら あきら)
1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。