資本主義の暴走が引き起こした様々な矛盾。分断が広がり、民主主義も機能しない世界。深刻な気候変動。AIの発達で危うくなる人間性……。私たちが何を選択するかで、人類の未来が変わってしまう大分岐の時代――。とりわけ、政治に対する無力感が覆う日本では、民主主義を立て直せるかどうかが喫緊の課題です。
このような状況のもと、ベストセラー『未来への大分岐』の斎藤幸平さん(経済思想家)が、ミュージシャンの後藤正文 (ASIAN KUNG-FU GENERATION)さんとともに、未来について語り合いました。日々のささやかな抵抗や行動が、社会を変える力をもつのではないか。明日を作るための民主主義について、じっくりお話をします。
■テレビに出たいやつは政治の話をしない
斎藤 僕が初めて後藤さんにお会いしたとき、後藤さんはすでに『未来への大分岐』(集英社新書)を読んでくださっていました。それで意気投合して、今回の対談も快く引き受けていただいたのですが、どういうきっかけで僕の本を手にとってくれたのでしょうか。
後藤 坂本龍一さんから「ちょっと面白い本があるから、読んでみて」というラインメッセージが来て、それで読み始めたんです。一読して、すごい人が出てきたなという印象でした。
たとえば僕は音楽をやっていますけど、音楽の価値をお金で計るなんて不可能なのに、どうしてこんなに貨幣にとらわれなくてはいけないんだろうという悩みがあります。斎藤さんの『未来への大分岐』は、そういう問題をきちんと言葉にしていました。こんな本はいままで読んだことがなかった。
しかも、斎藤さんは外国の学者相手に「とは言いましても」みたいに反論して、グイグイ迫っている。僕が外国のアーティストと対談したとしても、こんなに食い下がったりできないわけですよ。雰囲気が悪くなったらどうしようとか考えるし、無批判に洋楽を受け入れてしまうところもあるので。斎藤さんは対等に渡りあっていて、「斎藤幸平、只者じゃないな」と思ったんです。
斎藤 ありがとうございます。僕も坂本さんからFacebookの申請が来て、そのあと坂本さんのラジオにも出させてもらいました。
もともとこの本を出したときは、思想や哲学、資本主義などに興味がある人、あるいは労働運動とか社会運動をやっている人の認識をアップデートしたいなという思いがあったんですけど、それを超えて音楽や芸術をやっている人たちも読んでくれて、僕にとってはすごく励みになりました。
特に日本では音楽に政治を持ち込むなとか、そういうプレッシャーがあるからか、ミュージシャンで原発の話とか安倍政権の話をする人はまだまだ少ないじゃないですか。だから後藤さんが読んでくれたと聞いてとても嬉しかったです。
後藤 そうなんですよ。どうしてミュージシャンが政治の話をしないのかよくわからないんですけど、ただ官邸前のデモに通ったときには、多くのミュージシャンに会いました。僕と同じか少し上の世代のパンクバンドの人たちとか、もっと若い世代の人もいましたね。
だけど、テレビに常に出たがっているようなやつらは、政治のことは一切言わない。なるべく面倒を起こしたくないんじゃないですかね。若い人たちは食えるか食えないかのギリギリのところでやっているので、政治的なレッテルを貼られてしまうことは避けたいと思うのかもしれない。所属事務所がNGを出すことも多いです。
これはたぶん世代の問題もあると思います。僕の世代は政治になんて関わりたくないと思ってやってきた世代だと思うんですよ。学生のころは政治や社会に関心がなかった。
坂本さんにも謝らなければいけないんですけど、坂本さんがマイ箸を持つ運動とかやっていたのも、当時はよくわからなかったんです。エコとかロハスを冷めた目で眺めていた。斜めから見ているほうが格好よくてスマートみたいな、間違った考え方をしてきた世代なんだと思います。
だけど、バンドをやって詩を書くようになってみると、時代のことを書くには、社会問題に触れないわけにはいかないということがわかる。
大きな契機はやっぱり東日本大震災です。あのとき僕は本当に後悔したんです。それまでもツアーで各地をまわっている際に上関原発や六ヶ所村を取材したり、署名活動に参加していたけど、表立ったことはほとんどやってこなかった。
斎藤 もっと自分の知名度を活かした活動ができただろうと。
後藤 そうですね。いくらでもできたことがあったんじゃないかと。社会全体の意識が高まっていたら、あの事故も起きなかったかもしれない。それで、このままではダメだなと思って。社会が悪い方向に進んでいくのを見過ごしながら死ぬのは恥ずかしいですよね。将来の世代に絶対笑われる。いくら僕らが良い音楽を作っても、「あいつは何もしていなかったんだよ」と言われるに決まっています。もっと自分にできることをしなきゃと思ったんです。
プロフィール
1987年生まれ。経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。
マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソンとの対談をまとめた『未来への大分岐』(集英社新書)は、5万部をこえるベストセラーに。
後藤 正文(ごとう・まさふみ)
1976年静岡県生まれ。ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。著書に『何度でもオールライトと歌え』『凍った脳みそ』(ミシマ社)、『YOROZU 妄想の民俗史』(ロッキング・オン)、『ゴッチ語録 決定版』(ちくま文庫)など。