『未来への大分岐』トークイベント 民主主義の分岐点

斎藤幸平(経済思想家)×後藤正文 (ASIAN KUNG-FU GENERATION)
斎藤幸平 × 後藤正文

■ライブとデモはどうつながるのか

斎藤 僕は東日本大震災のときはベルリンに留学していました。外国にいるから余計に不安になって、ドイツの報道やインターネットを通じて福島の映像を見ていたんですけど、そのときドイツでは原発反対のデモが起こって、10万人くらいの人たちがばーっと集まったんです。それでメルケルがすぐに、2022年までに原発を全部止めるという宣言を出しました。だから人々がデモをして声を上げれば、政治や社会を動かせるんだということが実体験としてあります。

 これはメルケルが良いやつだから原発を止めたということではありません。安倍晋三がバカで、メルケルが物理学の博士号を持っているからではない。ドイツでは労働運動とか環境運動、チェルノブイリ事故のあとの運動など、人々の草の根の運動がずっとあって、デモをする文化があるんです。子連れでデモに来ている人もたくさんいます。

 ベルリンに行ったことがある人はご存知だと思いますが、ベルリンにはブランデンブルク門という凱旋門があって、デモの際にはその通りが全面開放されます。日本ではデモをすると一車線に押し込められて、少人数のグループに分けられてしまうけど、ドイツはそれを権利として勝ち取っているんです。

 ドイツにはこういう歴史があるから、原発事故のようなことが起こればすぐに人々が集まるわけです。それで、政治家たちがかなりスピーディーに決断せざるを得ないようなプレッシャーを作り出すことができるのです。

 よくよく考えたらすごいことですよ。地震の多い、とても遠い国で原発事故が起きただけなのに、地震のない国に住んでいるドイツ人がその事故を自分たちにも関係する問題として引き受けて、デモをするわけですから。多分日本人だったら、「日本の技術なら大丈夫」とか、「日本では同じような災害は起きない」とか言ってそうですよね。

後藤 僕もドイツで取材をしたことがあるんですよ。ドイツのケルンへツアーで行ったときに現地でオフの日があったので、自給自足をしている修道院の見学に行きました。再生可能エネルギー協会の今泉亮平さんの案内で、今泉さんが関係しているバイオマスのガスプラントを見に行ったんです。紹介してもらった人のなかには、CO2削減プランナーみたいな仕事をしている人もいて、社会がすごく進んでいるように感じました。田舎の家の屋根にもソーラーパネルがたくさん載っていたり、広大な畑に風車がいくつも建っていたりだとか、ちょっと悔しいなと思いました。

 ただ、ドイツは日本と違って電車が時間通りに来ないんですよね。予定時刻にホームに到着した電車に乗ってみたら、全然違う電車で、知らない町に連れていかれて焦りました。再生可能エネルギーとかは進んでいるのに、そういうところは不思議でしたね。

斎藤 ドイツは働き方がゆるやかなんです。電車が遅れて文句を言う人もいるけど、電車なんて遅れるものだと思っているところがある。お金を払っているんだからちゃんとサービスしろと言いたくなるかもしれませんが、サービスを受けているお客さんも自分の会社に行けば労働者としてサービスを提供する側になります。だから相手に厳しいルールを求めると、自分に返ってくる。資本主義社会に生きている以上、ずっとお客様でいられるのは本当の大金持ちだけです。だから社会に厳しいルールを課すのは、自分自身にとっても過酷なんです。

後藤 なるほど。もう一つドイツでびっくりしたのは、ドイツの人って日本人と同じように生真面目みたいなイメージがあるじゃないですか。そういう先入観が僕にはあったんですけど、Foo Fightersっていうアメリカのロックバンドのライブをケルンのスタジアムで見たんですね。びっくりしたのが、スタンディングのアリーナに柵がほとんどない。観客たちが自発的に好きなところで見ていて、人気の曲になったらアリーナの真ん中にぽかっと穴ができて、数人のお客さんたちがぐるぐる暴れているんです。

斎藤 モッシュピットみたいな。

後藤 そう。でも、その曲が終わったらみんな元の場所に戻るんです。野外フェスの客席じゃなくて、普通のアリーナのスタンディングエリアなのに。日本のコンサートでありがちな、あなたはこのエリアにいなさいみたいな過剰な制限がないように見えました。みんな自由に楽しんで、将棋倒しのようなトラブルもなく終わっている。スタンドには家族連れも来ていて、中学生くらいの娘さんが彼氏とイチャついている後ろの席でお父さんがベロベロに酔っ払ってる、みたいな。その景色がすごく羨ましいなと思いました。

 もちろんドイツがすべて良いということではないけど、コンサートの現場は日本よりもはるかに開放的に見えました。デモに多くの人たちが集まるのも、そういうことと関係しているのかなと思います。

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プロフィール

斎藤幸平 × 後藤正文
 
 
 
斎藤 幸平 (さいとう・こうへい)

1987年生まれ。経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。
マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソンとの対談をまとめた『未来への大分岐』(集英社新書)は、5万部をこえるベストセラーに。

 

後藤 正文(ごとう・まさふみ)
1976年静岡県生まれ。ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。著書に『何度でもオールライトと歌え』『凍った脳みそ』(ミシマ社)、『YOROZU 妄想の民俗史』(ロッキング・オン)、『ゴッチ語録 決定版』(ちくま文庫)など。

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