■音楽は<コモン>だ
斎藤 これはコミュニズムという言葉にも言えることなんです。コミュニズムというとすぐにソ連とかと勘違いされてしまうけど、そうじゃない。最初に後藤さんが話してくれたように、私たちは貨幣にとらわれて生きています。お金を払えば公共サービスをはじめ様々なものにアクセスできるけど、お金を払わないとアクセスを断たれる。
それに対して、社会的な富をみんなで民主的に管理していくべきものを<コモン>と言います。この<コモン>(common)に基づいた社会がコミュニズム(communism)です。だからコミュニズムとソ連の体制とは違うわけです。ソ連はコミュニズムというより、国家がひっぱる資本主義体制だったわけで。
後藤 『未来への大分岐』で一番面白かったのも<コモン>の話ですね。たとえば、ある地域の水道はその地域に住むみんなのもので、運営のやりかたもみんなで決めていく。それが<コモン>ということですよね。
僕はこういう考え方は音楽でも重要だと思っていて。既存の曲をサンプリングして楽曲を制作すると、著作権の問題でお金を請求されてしまう。何でも権利、権利で、すべてお金に換えられてしまうんですね。
これはとても不幸なことで、ポップミュージックはフレーズやメロディを使い回しながら進めてきた歴史があると思うんです。さらに、過去の音源をサンプリングして、その上にラップを乗せるっていうヒップホップの手法は、すごいクリエイティブな発明で。アートだって普通の絵を切り抜いて貼って、コラージュするじゃないですか。文学だったら引用がある。それができないってことは、音楽にとっては一種の必殺技を禁止されているようなものです。
もちろんいまも「商業利用は認めません」とか「二次使用もOKです」とか自分で設定する方法はあるんですけど、基本的に音楽はサンプリングフリーであるべきだと僕は思います。みんなの共有財産だと考えたほうがいい。
最近では、音楽がお金にならないゆえに好転している部分もあって。これは良くないことかもしれないけど、音楽だけでは食えないとわかっているから、普段は働いて週末に音楽活動をするミュージシャンが増えているんです。彼らはお金のためではなく、自分たちの楽しみのために音楽をやっている。音楽はお金のための手段じゃなくて目的なんです。だから彼らの作っている音楽はすごく面白いんですよ。
僕自身は、食うに困らない最低限のお金があればそれでいいと思っています。ずっと音楽の現場にいられるのが幸せだから、死なない程度のお金が入ってくれば不満はない。
ただ、機材は買いたいんですよね。音楽の機材の中にはすごく高価なものがあって、タイヤがついたら走りそうなくらいの値段のものもある。僕は色々な機材を買ったけど、それは自分のものって感覚はなくて、仲間のものだと思っているんです。
斎藤 まさに<コモン>ですね。
後藤 そうです。だから僕が使っていないときは、仲間に無料で貸し出しています。そのかわり、彼らが音楽をする現場にいさせてもらう。そこで学ぶことが僕の報酬になる。今年一緒にアルバムを作る予定のバンドも、ギャラはいらないからミックスをやらせてってお願いしました。その経験はなかなかできないことだから。貨幣とは別の価値の報酬を得られるんです。本当にありがたい。
ただ、これは僕が音楽で食べてられているから言えることです。お金のない人に同じことを要求したら搾取になっちゃうけど、お金を持っている人はこういうことをどんどんやるべきだと思う。
ZOZOTOWNの社長だった前澤さんがツイッターでお金を配っていたけど、僕はああやって気前よくやるのは嫌いじゃなくて、社会の要請とバチッと合ったらものすごくいい循環になると思うんです。そういう資本家が増えるのはいいなと思うんです。どんどん増えないかな。
斎藤 最後はお金の話になりましたけど、これは結局私たちの生活がお金に大きく依存しているからです。それをもっとお金のかからないことに置き換えていく。家族との時間でもいいし、コミュニティーでの時間でもいい。読書の時間でもいい。もしかしたらそれが資本主義に対する抵抗の第一歩になるのかもしれません。
後藤 本当にそうですね。まずはすべてをお金で計るという考え方を変えれば、世の中が変わっていく気がします。
*梅田蔦屋書店 斎藤幸平『未来への大分岐』トークシリーズより
構成/中村友哉 撮影/祐實知明
プロフィール
1987年生まれ。経済思想家。大阪市立大学大学院経済学研究科准教授。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。専門は経済思想。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』)によって、ドイッチャー記念賞を日本人初、歴代最年少で受賞。
マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート、ポール・メイソンとの対談をまとめた『未来への大分岐』(集英社新書)は、5万部をこえるベストセラーに。
後藤 正文(ごとう・まさふみ)
1976年静岡県生まれ。ロックバンド・ASIAN KUNG-FU GENERATION のボーカル&ギターを担当し、ほとんどの楽曲の作詞・作曲を手がける。ソロでは「Gotch」名義で活動。また、新しい時代とこれからの社会を考える新聞『THE FUTURE TIMES』の編集長を務める。レーベル「only in dreams」主宰。著書に『何度でもオールライトと歌え』『凍った脳みそ』(ミシマ社)、『YOROZU 妄想の民俗史』(ロッキング・オン)、『ゴッチ語録 決定版』(ちくま文庫)など。