ニッポン継ぎ人巡礼 第1回

日本一のうるしの産地。いま浄法寺で起きていること

甲斐かおり

「早い安いうまい」ではないけれど、長い間、時間のかからないものが重宝されてきた。手間のかかる仕事を、時代遅れだ非効率だと脇に追いやって。それがここへきて、時間をかけることの価値が見直されているように思う。

ゆっくり食事すること、わざわざ遠くの秘境まで旅をする贅沢。あえて手間暇をかける体験。

モノも同じだろう。安価に量産されるものより、時間と手間をかけてつくられたものは、まとう空気が違う。それを取り入れたライフスタイルを好む人も増えている。

かつて、ものづくりには一様に時間がかかった。自然のサイクルに沿うため、人の都合に合わせてばかりいられなかった。これまでのやり方が見直され、新たな価値を提示するように、古くからある文化を受け継ごうとする人たちがいる。

静かに、でも熱を帯びる現場で、いま起きていることを紹介したい。どれほどテクノロジーや流通システムが進化しても、これから先、大切にしたい事柄がそこにあるように思うからだ。

今回は日本の代表的な伝統工芸である漆器と、「うるし」を採るための道具を継ぐ人たちを紹介したい。

 

日本人にとってのうるし

 

ある漆器作家にうるしのお椀を見せてもらったことがある。何重にもうるしを塗り重ねた椀は手にやさしかった。やさしく軽いのに、佇まいには重みがある。

かつて日本は「(うるし)()の国」と呼ばれた。うるしは英語の小文字でjapanと記されたというほど、家具や建物、神具や食器、蒔絵や沈金などの芸術品など、あらゆるものに用いられた。最近の発掘によれば、約9000年前の縄文時代早期からうるしが使われていたことが明らかになっている。

いくらいま需要が減ったとはいえ、日本で一度も漆器を見たことがない人はほとんどいないのではないだろうか。それが純粋な漆でなく、ウレタン加工だとしてもである。うるし加工された器は軽くて傷つきにくい。下地になる木も石油からつくるプラスティックとは違い、樹木から採ることができる。うるしは自然に還り、再び自然から採取できる。

ところが、9000年かけて培ってきたこの文化を、私たちはいま手放そうとしている。うるし文化を支えてきた道具や職人が減り、その体制が大きく揺らいでいる。一方で、途切れそうな糸を何とかつなごうとする人びとがいる。

生うるしの産地、岩手県浄法寺町を訪れた。

 

国内一のうるし産地の危機

 

初めて浄法寺を訪れたのは5年ほど前のことだ。福島県いわき市に暮らす鍛冶(かじ)職人の鈴木康人さん(以下、ヤストさん)、布作家の智子さん夫婦が、うるしを掻くカンナづくりをするために浄法寺へ通っていると聞いた。その後何度か夫妻を訪ねて浄法寺を訪れ、うるしに関わる人たちに会って、話を聞いてきた。

鈴木康人さん、智子さん。

 

 

 

 

 

 

 

 

うるしを採る人を、掻き子と呼ぶ。

「夏は駄目だよ、忙しいんだから」と、掻き子の鈴木健司さん(以下、健司さん)に釘をさされていたのだけれど、朝見に行くだけなら構わないと、7月上旬のある日、うるしの森に案内してくれたのだった。下草の刈られた森は思ったより明るかった。

鈴木健司さんが案内してくれた、漆の森。

うるしの収穫は、毎年7〜10月の暑い時期に集中して行われる。だから夏の間、健司さんは毎日山を回り、汗だらだらになりながらうるしを掻く。樹皮に細い傷をつけ、じわっとあふれる樹液をぬぐい採り、次の木に走り…一日に約100本。その木々の間を走り回る。

このときに使う専用の道具がいくつかある。樹皮を削るカマ、傷をつけるカンナ、液を掻きとるヘラ、液を入れる樽(タカッポ、という)。そのなかでもっとも複雑な形をしているのが、うるしカンナだ。先端が二股に分かれていて、一方は刃の部分がぐいとU字に曲がっている。これを樹肌に当て引くとすーっと木の皮が抜ける。できた溝に、もう一方の尖ったメサシで深く切り込みを入れると樹液がじわっと溢れ出る。

 

いま、このうるしカンナをつくる職人がほとんど居なくなっているという。カンナがなければうるしを掻くこともできない。そうした状況を知ってか知らずか、文化庁は国産うるしを保護する目的で、2018年、国宝や重要部文化財建造物の保存・修復には国産うるしのみを使用すると決めた。

必要とされる国産うるしの量は、一気に増えた。一方でそれを支える道具の職人は減り、うるしの樹を山に植える文化そのものも地元から失われつつある。

海外に誇る日本のうるし文化は、きわめてぎりぎり、綱渡りのような状況で、関わる人たちの次につなぎたいという思いに支えられている。

うるしカンナで樹に切り込みを入れる。

うるしカンナ。

タカッポと呼ばれる桶にうるしを貯める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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プロフィール

甲斐かおり

フリーライター。長崎県生まれ。会社員を経て、2010年に独立。日本各地を取材し、食やものづくり、地域コミュニティ、農業などの分野で昔の日本の暮らしや大量生産大量消費から離れた価値観で生きる人びとの活動、ライフスタイル、人物ルポを雑誌やウェブに寄稿している。Yahoo!ニュース個人「小さな単位から始める、新しいローカル」。ダイヤモンド・オンライン「地方で生きる、ニューノーマルな暮らし方」。主な著書に『ほどよい量をつくる』(インプレス・2019年)『暮らしをつくる~ものづくり作家に学ぶ、これからの生き方』(技術評論社・2017年)

 
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