韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第1回

またしても世界的な大ヒット、ドラマ『今、私たちの学校は…』

しかし韓国国内の評価は分かれる。そしてホラーは苦手な人への特別解説
伊東順子

ドラマを見ながら「セウォル号事故」を思い出したという人々

 

 また、このドラマを見て「セウォル号事故を思い出した」という人は多い。学校に取り残されて、救助を待っている高校生。しかも主人公らは高校2年生という設定だけでも、セウォル号を想起させる。日本でもそのことにふれたレビューは多かった。たとえば2月8日にヤフーニュースで配信された松谷創一郎氏(ジャーナリスト)の記事は、本作品をゾンビ映画の系譜から読み解く上でも大変勉強になるのだが、後半ではやはり「セウォル号事故」にふれられている。

 

 「そして、高校生たちがこうした極限状況に置かれる事態は、2014年に起きたセウォル号沈没事故をやはり思い起こさせる」「物語の中盤、サバイバルを続ける生徒たちがビデオカメラにメッセージを残すシーンは、セウォル号事故で見られた悲しい動画そのものであった──」(「『今、私たちの学校は…』はコロナ時代にゾンビを再定義する──『イカゲーム』に続く韓国ドラマの大ヒット」) 

 

 「セウォル号事故」とは2014年に韓国で起きた旅客船沈没事故である。乗員・乗客の死者299人、行方不明者5人という韓国史上最悪の海難事故となった。なかでも韓国の人々の心を痛めたのは、犠牲者の多数が修学旅行中の高校2年生だったことだ。子どもたちを救ってやれなかった」という慙愧の念が韓国中を覆っていた。

 事故発生直後には全員救出のニュースが流れたのだが、それが誤報であったことに始まり、初期対応の遅れ、救出作業のミスなどが重層的に発生し、未曾有の被害を招くことになった(明らかな人災であることから、「セウォル号事件」と呼ぶことも多い)。

 生徒たちは事故直後に「そのまま船室に留まれ」と言われ続けた。それはドラマの第一話で登場する「生徒への退避命令を出すことに反対する校長」とストレートにつながる。傾き始めた船体に不安を覚えた生徒たちは、スマホを使って両親と会話をするのだが、両親たちは「先生の言うことを聞いて、じっとしていなさい」と言ってしまう。その後の悪夢を予想できた人はいなかった。 

 ドラマとセウォル号事件の関係について、イ・ジェギュ監督はインタビューで次のように答えている。

 

 「セウォル号という特定事件を念頭に置いたわけではない。 子どもは大人の鏡という言葉のように、学校は社会の鏡だと思う。 韓国社会はあってはならない数多くの事件を経験したと思う。セウォル号もその一つであり、その他にも聖水大橋事件など不幸な事故は数え切れない。合理的なシステムの不在、責任の不在から生じた事故だと思う。それらに対する反省と苦悩が『今、私たちの学校は…』に込められている」。(2022年2月、デジタル朝鮮日報)

 

 聖水大橋事件とは1994年に、ソウルの中心を流れる漢江に書けられた聖水大橋が崩落して、多くの犠牲者を出した事件である。監督がシステムや責任の不在と語っているのは、その翌年の三豊百貨店の崩壊、また2003年の大邱地下鉄放火事件などを念頭に置いているのだと思われる。

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プロフィール

伊東順子
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』『続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化』(集英社新書)好評発売中。
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