ひきこもりの原因は疎外感だけではない
さて、今回はひきこもりと疎外感の問題を論じているわけですが、ひきこもりというのは現象であって病気の名前ではありません。
厚生労働省/国立精神・神経センター精神保健研究所社会復帰部は、2003年に 「ひきこもり」の概念に以下のものを揚げています。
・「ひきこもり」は、単一の疾患や障害の概念ではない
・「ひきこもり」の実態は多彩である
・生物学的要因が強く関与している場合もある
・明確な疾患や障害の存在が考えられない場合もある
・「ひきこもり」の長期化はひとつの特徴である
・長期化は、以下のようないくつかの側面から理解することができる
生物学的側面
心理的側面
社会的側面
・「ひきこもり」は精神保健福祉の対象である
これには、さまざまな原因があるわけですが、大きく六つくらいのものがあると私は考えています。
一つ目は親子関係です。
さまざまな調査で明らかになっていることですが、「高学歴の両親がいる家庭に多い」「経済的な余裕のある部長、課長クラス以上の親が多い」とされています。
ひきこもりの専門家やその治療を行う臨床心理士などに聞くと、親の要求水準が高いとそれに子供が応えられないときに、「自分はダメな人間」とどうしても自己評価が低くなっていくようです。
二つ目は人間関係のストレスです。
いじめや仲間外れをきっかけにしてひきこもりになるというのはイメージしやすいと思いますが、後述するように、実は働いていた人が人間関係のストレスから仕事に行かなくなり、そのままひきこもるというケースが意外に多いのです。
三つめは不登校の延長です。
文科省の定義では、不登校は、
「年度間に連続又は断続して30日以上欠席した児童生徒」のうち「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、児童生徒が登校しないあるいはしたくともできない状況にある者(ただし、『病気』や『経済的理由』による者を除く)」ということになっています。
病気や経済的理由がないのに30日以上欠席した場合が不登校ということになるわけですが、不登校を続けていて、それが6カ月以上になり、自宅にこもるようになればひきこもりという結果に陥ってしまうのです。
四つ目は、受験や就活の失敗、大人の場合、失業を契機とするものです。
本人が受験に失敗して、希望の学校に入れなかった、あるいは就活に失敗して、希望の会社に入れなかった、あるいは勤めていた会社から解雇されたなどという場合、もう一年受験勉強をしようとか、受かった学校に通ってみようとか、別の会社でもいいじゃないかなどと思えればいいのですが、それで自分は「ダメ人間」になったという烙印を自分に押すことで、外に出ることを怖く感じたり、恥ずかしく感じたりしてひきこもるということになります。
五つ目はゲームやネットの依存です。
こういうものに依存することで外に出なくなってしまうというのは多くの人がイメージするようですが、ひきこもりの専門家には異論があるようです。
たとえば「社会的ひきこもり」という言葉を世に広めた精神科医の斎藤環氏によると、ひきこもりはゲームに依存するためになるのでなく、ひきこもってすることがないからゲームばかりするのだと指摘しています。斎藤氏によると、ひきこもりの人はゲーム依存の人たちとちがって、とてもつまらなさそうにゲームをやるというのです。
ただ、スマホやインターネット依存が人をひきこもり傾向にするのも確かなようです。
平成26年の厚生労働省の研究班の調査によると「ネットのしすぎが原因でひきこもり気味になっている」と回答した高校生が男子生徒の14.2%、女子生徒の10.8%で、計12.4%もいたのですから。スマホが普及した現在のほうがさらに増えているかもしれません。
六つ目はそのほかということですが、その多くは発達障害(現在は神経発達障害が正式な診断名です)や精神病によるものです。
ひきこもりというのは状態ですから、たとえば自閉スペクトラム症の人が対人関係が苦手で、学校や職場にいくのが苦痛でひきこもった場合もひきこもりにカウントされます。
あるいは、統合失調症も自閉、つまりひきこもり状態というのは重要な症状です。
統合失調症と言うと幻覚や妄想がでておかしな言動をするというイメージが強いかもしれませんが、現在では、この手の症状には薬がよく効くので、むしろ自閉症状が重要な症状と考えられています。
この自閉症状に多少は効く薬もいくつか開発されてきていますが、やはりひきこもり生活を送る統合失調症の患者さんは少なくありません。
このようにひきこもりというのは、多彩な背景で生じる病態なのだということをまずご理解いただきたいのです。
コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!
プロフィール
1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。