「疎外感」の精神病理 第4回

引きこもりと疎外感

和田秀樹

ひきこもりと自己評価

 ここまで書いてきて、あらためてひきこもりは疎外感の病理でもあるのでしょうが、自己評価の低さと大きく関連する病理なのだと痛感しました。

 これまでも問題にしたように、学校では、友達がうまく作れない子どもは欠陥品のように扱われる、少なくともそう感じさせる文化が醸成されています。

 仲間外れにされるともちろん自己評価が大きく下がるわけですが、そういう思いをするなら学校に行かないという風になるのでしょう。

 私自身の経験で言わせてもらうと、こういう際に、周りの人間がバカだと思える自己評価の高い人間であれば、塾にいって勉強で見返してやろうと思えるのでしょうが、自己評価が低ければ、「俺はダメ人間」と思ってひきこもってしまいます。

 実際、不登校の子どものカウンセリング事例などをみていても、塾には行けている子が意外に少なくありません。そしてこういう子たちはたとえば高校や大学進学を機に立ち直ることは珍しくありません。

 また親子関係のまずさのためにひきこもりになるというようなケースでは、親の高い要求水準に応えられないことで自己評価が低くなってしまった子どもたちが、自分はダメなんだと思い、学校や社会に出ないという形をとることが多いようです。

 これらも重大な問題ですが、それ以上に問題なのが、失業や退職を契機にしてひきこもりになるという層なのです。彼らが現代ではひきこもりの主流になっているのです。

 バブルがはじけ、90年代の終わりくらいに日本経済がアメリカ経済に負けてくるようになると、日本型の雇用が古い、つまり終身雇用は経済をダメにするという論調が高まりました。

 結果的に、能力がないとみなされると簡単にクビをきられる社会になったわけですが、そうではなく、会社がつぶれたわけでもないのに中途退職をすると、日本は途端に欠陥品扱いをしがちです。この文化はメンタル面にかなりひどい悪影響を与えます。

 1998年にはじめて日本の年間自殺者数は3万人を超えるのですが、それから14年続けて日本の自殺者数は3万人を超えました。

 失業や解雇は「能力がない」ということが理由にされるので、本人の自己評価も大きく落とします。

 また、最近は各種転職サイトも充実していますが、転職市場が整備されないまま、リストラが断行できる社会にしたことも彼らのメンタルヘルスに悪影響を与えているでしょう。転職サイトがあったらあったで、いろいろとトライしても再就職ができなければ、また自己評価を損ねてしまいます。

 さらに言うと、日本の場合、欧米と違って失業者に対するメンタルヘルスシステムも整っていません。

 一時期ニートという言葉もはやりましたが、欧米、とくにイギリスでは、その対策として公費による職業訓練がかなり整備されたのに、日本ではそれもありません。

 高齢者が退職を機にひきこもりになるということもあるのですが、これだって退職して職を得られない人間は能力がないとみなす風潮と無縁ではないでしょう。

 そういう意味で、ひきこもりというのは、学校生活以上に、失業が当たり前になった時代の産物という側面が大きいし、それによって自己評価を損ねた人の病理ということにも着目する必要があると私は信じています。

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「疎外感」の精神病理

コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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