「疎外感」の精神病理 第7回

依存症と疎外感

和田秀樹

依存症社会・日本

 さて、私が危険だと思うのは、日本という国が依存症を生みやすい社会になっているということです。

 昔から、依存症というのは、為政者がもっとも危険視するものの一つでした。

 たとえば、アヘン戦争というのは、アヘンの依存症の人が増えると国が傾いてしまうということで、政府が思い悩み、相手が強国だとわかっていながら、戦争に踏み切ったものです。

 法律を作る際も、麻薬やギャンブルのように依存性の高いものについては、それに人々が近寄らないように、売った側だけでなく、買った側、やった側も罪になるようにしています。たとえば、覚せい剤の場合、手を出した人の半分以上が依存症になってしまうとされています。そうすると、刑務所に入ってもらって、何年間かやめていても、きちんと治療を受けないとまた手を出してしまう、場合によっては一生そこから抜けられないということが起こります(場合によっては、と書きましたが、かなりの頻度です)。

 意志が強ければ、依存症が治せると思っている人が日本にはまだ多いようで、たとえば覚せい剤依存でつかまった人間が再犯をすると、「ダメな人」として断罪されますが、実際は「意志が壊される病気」なので、意志が強くても、きちんとした治療をしないと治癒はほぼできません。さらに言うと、きちんと治療をしても治らないことが多い病気なのです。

 ということで依存性が強く、それが社会生活に影響を及ぼすと考えられる薬物や行為については、多くの場合、かなり強い規制がかかります。

 ただ、日本も含めて、ギャンブルを完全に禁止する国はそんなにありません。制限を守ったらギャンブルを解禁するという国が比較的多いようです。その制限は、あきらかに依存症を意識したものと言えます。一つは、その国の人口密集地や中心地から離れたところで認可するというものです。アメリカならラスベガス、中国ならマカオ、フランスならモナコ(これは実は別の国になりますが)という具合です。このくらい普段住んでいるところから離れていると、しょっちゅうはいけませんから、依存症にはなりにくいというわけです。競馬や競輪の場合は、確かに大都市の近辺でも開かれます。その代わり、開催はせいぜい週に3日程度にしているし、開催時間も限られます。

 ところが、日本では、そこのところが緩いために依存症が蔓延しやすくなっています。

 パチンコホールは、多くの人の家の近所(地方でも車を使えば10以内がザラ)にあり、しかも毎日開店しており、朝から晩までやっています。これでは依存症になりやすいのは当然のことですし、またいったん依存症になってしまうとやめられなくなってしまうのももっともなことです。これは、ほぼ世界の例外といっていい状態です。以前は、韓国や台湾にも多くのパチンコホールがあったのですが、依存症などが社会問題になり、韓国では、2006年秋にパチンコの換金行為が全面禁止となり、店舗は激減しました。台湾でも台北のような大都市ではやはり法によって禁止されています。日本は世界の例外国であると同時に、世界でいちばんギャンブル依存症になりやすい国となっているのです。実際、人口当たりのギャンブル依存症の割合は、一般的な先進国の10倍程度とされています。

 アルコール依存症についても危険な国です。

 2010年5月にWHOの第63回世界保健総会で「アルコールの有害な使用を低減するための世界戦略」が承認されました(もちろん日本も参加しています)。この中で、「アルコール飲料のマーケティング」という領域があります。そこでは、「マーケティングの強い影響力、とりわけ青少年に対する強い影響力を弱めることは、アルコールの有害使用を低減させるため重大な検討事項である」と謳われ、各国政府に要望も出しています。

 具体的には、コマーシャルの内容と量を規制したり、若者を対象とする販売促進を制限あるいは禁止したりすることなどが盛り込まれています。

 このような流れの中で、ビールだけでなく、焼酎やウィスキーなどアルコール飲料のCMが日常的に流されているのは、先進国の中では日本だけになっています。アメリカでは、ウィスキーやリキュールのような蒸留酒のテレビCMは打たないことになっていますし、ビールやワインなどについては、CMはあっても、人が飲んでいるシーンは出さないという自主規制が存在します。フランスやスウェーデンでは、ほとんどのアルコール類のテレビCMを禁止していますし、そのほかの国でも蒸留酒のCMは禁止状態になっているのです。日本も自主規制(これはテレビ局によるものではなく、ましては法律によるものではありません。アルコール飲料会社の自主規制です)があり、午後6時以前にはCMをやらない、未成年者向けの番組ではCMをしないという程度のものです。そして当たり前のように有名芸能人がおいしそうにビールを飲むシーンが日常的に垂れ流されます。

 最近は若者がお酒を飲まなくなったというのは、彼らがテレビをみなくなったことも影響があるのかもしれませんが、一度断酒に成功した人が、このような広告によってふたたびお酒に手を出すということは珍しくないでしょう。

 いろいろなことを考えると日本がこんなに依存症が多いのは、むしろ当たり前のように思えます。

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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