「疎外感」の精神病理 第7回

依存症と疎外感

和田秀樹

依存症と疎外感

 ここまでしつこく、日本の依存症社会の現状を書き綴ってきたわけですが、それは、精神医学の世界では、依存症というのは疎外感の病理と考えられているからです。

 基本的には、依存症というのは、他人に依存できない人がなる心の病と考えられています。

 確かにアルコールや覚せい剤のようなものは、友達の多い人でも、その依存性の強さのために陥ることがあります。薬物の性質上、人に依存できている人でも、依存症状態に陥ってしまう怖さがあります。

 ただ、一般的には、依存症というのは、孤独な人のほうが陥りやすいものです。

アルコール依存にしても、一人飲みの人のほうがはるかになりやすいものです。

 覚せい剤依存に陥る人も、社会から落伍したという風に疎外感を覚えている人のほうがその世界に入りやすいでしょう。

 酩酊状態やトリップ状態で、現実世界の疎外感から逃れられるので、アルコールや麻薬から逃れられないという側面は強いと私は考えています。

 実際、買い物依存やギャンブル依存のような行為への依存の場合、仲間と連れだってやる人はまずいません。

 疎外感からアルコールやギャンブル、セックスなどに溺れ、それがさらに社会からの疎外を深刻なものにしてしまうという悪循環が生じ、そのうちに意志が破壊されて、自分の力でやめることができないという疎外感の病理となっていると考えられます。

 実際、この手の依存症に対して、とくに薬物治療はなく、入院でしばらく薬物や行為をやめさせても、多くの人が退院するとその依存の世界に戻ってしまうのが実情です。

 このように精神医学が無力な依存症で、もっとも有効な治療とされているのが自助グループです。

 同じ依存症に悩む人たちが悩みを語り合い、依存薬物や依存行為をやっていないときの苦しさを共有し、そして、お互いが支え合うグループですが、どんな治療より有効とされます。

 ここでのモデルは、薬物や行為への依存を人への依存に置き換えるということです。

これによって、疎外感が緩和されると、依存症の克服の第一歩を踏み出せるのです。

つながり依存という疎外感の病理

 さて、このような薬物や行為への依存よりさらにやっかいなのは、「つながり依存」という病理です。

 人とつながっていないことが不安で、スマホを肌身離さず持たずにいられないというような心理です。

 あるいは、人から嫌われるのが不安で、LINEを既読にしたら、すぐに返信しないといけないと思うあまりスマホを絶えず見ないでいられないということも生じます。

 逆に、LINEが既読スルーされたら、相手が忙しいからかもしれないのにパニックになってしまうのもそうでしょう。

 ここまで不安になるのは、忙しくて返事ができなくても返事をしないと嫌われると思い込んでいる、つまり、多少失礼なことをしても許してくれると思える親友のようなものの存在が信じられないからでしょう。

 要するに、自分なんて愛されていないんだという疎外感の心理が根底にひそんでいると私は考えています。

 ゲームのようにわくわくする行為に依存するのでなく、LINEの返信が大事だからスマホ依存状態になっているというのは、まさに「つながり」依存と言っていいでしょう

 マスク依存も昨今問題にされていますが、これも仲間はずれ恐怖による人が少なくありません。

 以前も問題にしたような疎外感恐怖の精神病理がこれらの依存症に見て取れるのは私だけではないでしょう。

 前述の自助グループのようにダメな自分をさらけだしても支えてくれるという人への依存ではなく、相手に合わせていないと仲間はずれにされるという疎外感恐怖の世界です。

 疎外感恐怖も疎外感の病理であるのは、以前に書いた通りですが、それがつながり依存という形で新たな依存を生み出しているし、その依存症がおそらく、この国でもっとも多い依存症であるのは、この国特有の精神病理と言えるかもしれません。

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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