「疎外感」の精神病理 第7回

依存症と疎外感

和田秀樹

スマホという新たな依存症のパラダイム

 そうでなくても依存症の多い国だった日本にさらに依存症を増やしたのがスマホの普及とマーケティングです。

 先ほど、パチンコは、家の近くにあるなどアクセスがいい上、毎日、朝から晩までやっているから依存症になりやすいという見解を書きました。もし、この仮説が当たっているなら(おそらくは当たっているでしょう)もっと怖いものがスマホです。

 パソコンの場合、家に帰ってやらないといけないのに対して、スマホのゲームであれば、満員電車の中でもできます。もちろん、枕元において、寝る直前まで続けることができます。かつて、ネット依存やネットゲーム依存が問題になったときに、職場のパソコンを使って、仕事中までネットゲームがやめられない人たちが問題になりましたが、現在では、職場や学校の教室で、スマホをデスクの上においているなどという光景は当たり前にみられるようになっています。

 以前から、ネットゲームでは、そのゲームにユーザーがはまった場合(はまるという名前の依存症と私は見ています)、先に進むために課金されたり、アバターのようなものを買ったりするので、そこから利益が発生します。そのために、各ゲーム会社や運営会社は、優秀なプログラマーを大量に雇って、日夜、「はまる」ゲームの開発に勤しんでいるのです。一般の子どもたち、それどころか、大人まではまってしまってスマホを手放せないのは、当然のなりゆきと言えるでしょう。前にもふれたように、2008年の段階で、270万人もネット依存がいたと推計されるのですから、いまは前述のように人口の2割がスマホ依存症状態になっているとされています。さらに問題なのは、パソコンの場合、一日向かっていれば、自分も周囲も依存症を自覚できるでしょうが、スマホの場合、一日中使っていても、本人も周囲もおかしいと思わないことが少なくないのです。

 さらに事情を複雑にしているのは、スマホの場合、ゲームだけでなく、LINEなどの「つながり依存」のような状態が存在することです。NTTドコモ モバイル社会研究所の『2022年一般向けモバイル動向調査』によると、10代の94.0%、20代の91.4%がLINEを利用していて、スマホ所有者の8割以上が利用しているというのです。LINEの返事をチェックするために、ゲームをやらない人でも当たり前に、四六時中、スマホを見たり、操作したりする(授業中や仕事中も。そうしないと不安だとすると、すでに依存症になっていると言えるのですが、それを周囲も本人も依存症と自覚しないのが、LINE依存の怖いところといえます。このLINEの普及も、日本が突出して高いことも触れておきたいと思います。

 このLINE依存状態は、「つながり」依存ともいえるもので、疎外感の精神病理に深く関係するものなので、あとで少し考えてみたいと思います。

 いずれにせよ、スマホの普及はそうでなくても依存症の多い日本で、とどめをさすように依存症を蔓延させました。まさに依存症社会に突入してしまったわけです。

依存症に依存する日本経済

 このように日本では、いたるところに依存症のトリガーがあり、世界でもトップレベルに依存症に陥りやすく、その患者(本人は自覚していないし、医者にもかからないから患者と言いづらい)数も多いのですが、それをさらに悪くしているのは、長期不況の中、マスメディアも、それどころか、日本経済そのものが「人が依存するビジネス」に頼っている状況があります。

 私がみるところ、日本で不景気が続き、財布のひもをしめるように生活していても、人々が金を使ってしまうものがある、というか、金を使うことがやめられないものがあります。それは、自分が依存しているものです。景気が悪くなって、ビールを発泡酒にしたり、もっと安酒にする人はいるでしょうが、アルコール依存(依存傾向)の人は、お酒をやめないでしょう。タバコにしても、こんな不況下で大増税のために大幅値上げとなったのですが、予想されるほどやめた人はいませんでした。ギャンブル、とくにパチンコやスロットについては、景気が悪い分、それで一攫千金を狙う人が増えるためか、むしろバブル崩壊後に大ブームが起きます。80年代のはじめには5兆円前後だったパチンコ産業の売り上げが、90年代に入ると15兆円産業となり、96年(調査時期は94年の11月)30兆円産業に瞬く間に膨張していくのです。不景気や失業が、人々の心をすさませるという要因もあるでしょう。私が留学中のアメリカは、日本に製造業競争で敗れ、まだIT産業が萌芽期だったころもあり、もともとのアメリカの基幹産業である製造業は、ひどい不況でした。そういう際に、コカイン依存が蔓延し、また他に稼ぐあてがないからということで、有色人種や学校を中退した非行少年たちが、どんどんその売人になり、政府も警察も本気でその対策に取り組んでいました。

 実はこの傾向は、アルコールやタバコ、ギャンブルなど精神医学の診断基準に乗るような依存症を誘発する産業だけのことではありません。衣服や飲食、あるいは、耐久消費財にお金を使わなくても、人々は「はまった」ものや、それがないといられないものにはお金を使います。長期不況の中で、人々を依存症状態(私は依存症と言っていいと思うのですが)にして、お金を儲けるビジネスです(私はこれを「依存症ビジネス」と呼んでいます)。端的にいうと、スマホやネットゲームがそれにあたります。実際、定額料金が導入されるまで、月の収入が20万円も行かないのに、携帯料金に10万円も払うような人がざらにいました。

 不況でほかの産業が低迷する中、パチンコ、アルコール、携帯電話のキャリア、ITゲーム産業だけが成長し、税金をたくさん払い、広告費をたくさん落とすのですから、まさに依存症に「依存」した経済ということができます。これらの産業が落ち目になれば、経済全体があやうくなりかねないのです。これでは、麻薬産業に依拠していた、一時期の南米の国々を笑えません。

 そして、各種調査の広告主ランキングをみても、依存性の高いスマホやアルコール飲料の会社の広告が上位に入っているので、テレビ局まで依存症に依存していることになります。

 かくして、ほとんど規制もなく、諸外国のように規制が強められることのないままに依存症社会がどんどん膨らんでいっているのです。

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「疎外感」の精神病理

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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