カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第6回

私にとっての梨泰院(後編)

伊東順子

 ところで5年ほど前、移転が決まった米軍基地を一度ちゃんと見ておきたいと思って、米国大使館に勤める友人に頼んで基地内を車で案内してもらった。旧日本軍の兵舎跡など、歴史的・文化財的な価値のある建物も見たのだけれど、私にとっての驚きは別のところにあった。

 25年前にはまぶしかった基地の中が、煤けて見えたことだ。どこかアメリカの片田舎に来たような、取り残された雰囲気。空はソウルのどこよりも広いのだが、それもこの四半世紀の変化だ。空の輪郭となっているのは、基地の外部にある、ソウル市民たちの住居だった。そびえ立つ龍山のタワマン群が基地を見下ろしていた。

 かつて基地に入ることは「特権」だった。基地で働く韓国人たちは、その許可証を誇り高く思い、またそれを利用してPXから米国製品を外に持ち出した。それは一般の韓国人にとって「憧れ」であり、高い値段で取引されもした。まだソウルにもマクドナルド一店舗軒しかなかった時代、タワマンはなかったし、コーヒーだってインスタントがほとんどだった。でも、今は米軍基地の中に、韓国人が憧れるようなものは何もない。韓国の中で、そこだけが時間が止まっていた。

 

2021年、コロナ危機の梨泰院は今

 基地の街→観光客の街→多国籍タウン→性的マイノリティ→若者文化の発信地。さまざまな色を織り交ぜながら、文字通りのレインボーカラーが交差する街となった梨泰院。その梨泰院は今、大変な状況だ。

 新型コロナの影響で多くのレストランや商店は廃業し、昨年末の時点で空き物件率は34.9%は、外国人観光客が消えた明洞(41.2%)の次に多い。

https://www.asiatime.co.kr/article/20210217500397

 韓国政府の飲食業に対する規制は日本以上に厳しく、特にクラブやバーなどは昨年の夏以降、ほとんど営業できない状態が続いていた。さらに梨泰院が他地域よりも大変だったのは、5月に起きたクラブでの集団感染とその風評被害のせいだった。せっかく理解されかかっていたゲイカルチャーなどへの激しいバッシング。性的マイノリティへの差別は時代を過去に戻したかのようだった。前回述べたホン・ソクチョンもその矢面に立たされ苦悩していた。

 しかし、ちょうどそのタイミングで、海外で『梨泰院クラス』の配信が始まり、その人気が韓国にも伝えられた。シンガポールから帰国した若者が熱狂した話は冒頭に書いたとおりだ。

 コロナで瀕死の梨泰院だが、世界の人々の思いは熱い。このままでは閉店はさらに増えるだろうが、したたかな連中は機を逃さないだろう。コロナ後の梨泰院はどのような姿になるのか。『梨泰院クラス』の続編はリアルに始まっているかもしれない。

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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私にとっての梨泰院(後編)