スポーツウォッシング 第9回

日本の選手はなぜ自分の意見を言えないのか?

筑波大学・山口香教授インタビュー前編
西村章

「個人の資格でもオリンピックに参加する」という日本選手はいるのか?

――「スポーツに政治を持ち込むな」と言う時の〈政治〉の定義は語る人によって様々なので、議論が噛み合ない場合もあるように思います。とはいえ、一般的に「スポーツに政治を持ち込むな」という言葉は、「スポーツの場に政治的主張を持ち込むな」という意味で語られることが多いですよね。

山口 「政治とスポーツを切り離す」という時の〈政治〉とは、私のイメージだと〈権力〉のことなんです。スポーツと政治が切り離されていなければ、権力によってスポーツを操り、スポーツを通じて人をコントロールしていこうとする圧力が働くわけですよね。政治には、やっぱりそういう力がありますよ。政(まつりごと)ですから。
 その政(まつりごと)の行使として彼らはスポーツにお金を出すわけです。「お金を出しますからどうぞ自由に使ってください」というのんきな話ではもちろんない。政治が出すお金というのは、それこそ税金だから、国の方針だとか国の目指すものが前提にあって、トップアスリートを支援するわけです。

――目指すもの、とは?

山口 たとえば、日本のプレゼンスを高めることはそのひとつですよね。あるいは、アスリートたちが頑張るイメージがスポーツに対する関心につながって、スポーツが広まれば、健康な国民が増えて健康寿命も延びるだろう、そうなると保険料の歳出も下がるかもしれない、社会情勢は混沌としていても努力の先に希望の光が見える……みたいなね。
 そういうことが全部繋がっていくと考えたうえで、彼らは予算を出しているんです。そして、その延長線上には、たとえばロシアとの外交問題も含まれてきます。日本で柔道の国際大会を開くとなった場合に、ロシアの選手たちを呼ぶのか呼ばないのか。柔道界が「我々柔道界の考え方はこうですから、ロシアの選手を呼びます」と仮に言った時に、それを国としてどう考えるのか。
 表面的には「あなたたちの大会ですから、自分たちの判断でやってください」と言うかもしれない。けれども、水面下ではきっと微妙な駆け引きがあるでしょう。
 モスクワオリンピックの時に日本がボイコットしたのも、似たようなことですよね。そういったものに対して、私たちはどう対峙するのか。そこに対峙する場合の前提は何なのか。

――前提は何ですか。

山口 たとえば、「国が何と言おうと、私は個人の資格であってもオリンピックに行くんだ」ということが果たして認められるのかどうか。私が海外に行く時は日本のパスポートを持って行くわけで、何かあったら日本国民として現地大使館に助けを求める。それは当然ですよね。
 だけど、20年ほど前に「お前は国の言うことを聞かないで勝手に行ったんだから、それは自己責任だ」という声が大きくなった事件(註:イラク戦争日本人人質事件)がありましたよね。スポーツも同じことで、「この大会は国として派遣したわけじゃない。派遣しないと言ったのにお前が勝手に行ったんだよ」という声が上がるかもしれない。その時にアスリート自身が「たとえ自己責任だとしても、私は行きたいんだ」と言って、「スポーツはそうあるべきものなんだ」という確信のもとに行くという判断をするのかどうか。
 もしもそういう判断を迫られた時に、自分で考え、自分で判断し、自分で行動するアスリートたちを日本は作ることができているのか。私とすれば、そういうアスリートたちを作っていきたいと思いますけれどもね。

――作れていますか?

山口 だから先ほどの話に戻るんですが、日本のアスリートたちはそういうことを意識しない環境の中で育成されてきたんです。モスクワオリンピックのボイコットでも、山下泰裕さんやレスリングの高田裕司さんたちは涙を流して参加を訴えた。一方、イギリスのセバスチャン・コーたちは、国の代表ではなく個人資格で参加しているわけです。日本の山下さんや高田さん、瀬古利彦さんたちは、そうやって個人資格で行くことを想像したと思いますか?

――おそらく、想像もしていなかったでしょうね。

山口 私もそう思います。きっと念頭にも思い浮かばなかったでしょう。じゃあ、今の選手はその可能性を想像しますか、ということなんですよ。
 モスクワオリンピックのボイコットから40年以上経っていても、私たちの考え方というものは、それほど変わってない。おそらくそんなことにはならないと思うけれども、極端な例として、たとえば次のパリオリンピックにロシアが参加するなら日本はボイコットする、という国の方針が示された時に、日本の選手たちははたしてどういう行動をとるのか、ということです。

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プロフィール

西村章

西村章(にしむら あきら)

1964年、兵庫県生まれ。大阪大学卒業後、雑誌編集者を経て、1990年代から二輪ロードレースの取材を始め、2002年、MotoGPへ。主な著書に第17回小学館ノンフィクション大賞優秀賞、第22回ミズノスポーツライター賞優秀賞受賞作『最後の王者MotoGPライダー・青山博一の軌跡』(小学館)、『再起せよ スズキMotoGPの一七五二日』(三栄)などがある。

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