宇都宮直子 スケートを語る 第18回

師の言葉

宇都宮直子

 ただ、都築の言葉は「感動」だけでは済まない。続けて、こうも言う。

「自身をきちんとコントロールして滑っておりましたが、私からしたらちょっと物足りない感じがしました。

 それはやっぱり、ひとりでやっていた弊害だと思います。指導者の目がないと、本人は目いっぱいやっているつもりでも、気づかない部分があるんです。

 例をあげれば、ジャンプを跳ぶ前のスピードがいつもより遅い。降りてからの流れがわずかに詰まる。

 演技自体は、ああいう形にまとめましたから、終わりよければすべて良しではあります。でも、羽生は、もっともっとできる選手なんです。

 ショートで、スピンがカウントされませんでしたが、あれはレベル云々ではなく、ルールに則っていなかった。

 自分ではやっているつもりだったと思いますよ。私も夢中で見ていて、最初はわかりませんでした。点数を見て、『あれっ?』と思ったぐらいで。

 羽生もそうだったのではないでしょうか。たぶん、自分でもびっくりしたと思います。

 本来なら、まったく考えられないですからね。彼にとって、レベル4は当たり前。ましてやスピンなんて、もう本当に。

 練習に指導者がついていたら、あんなことは起きなかったと思います」

 全日本選手権で、羽生はショートプログラムを「Let Me Entertain You」、フリースケーティングを「天と地と」で踊った。

 その演技に、私は魅せられた。圧巻だったと思う。

 蛇足だが、海音寺潮五郎の『天と地と』(文春文庫)は、「羽生選手のおかげで増刷になった」そうである。魅せられた人の多さを物語るエピソードだ。

「物足りない」と語る、あるいは語れるのは、都築章一郎くらいではないか。

 羽生結弦は、都築の強いプライドだ。大きな喜びだ。師は徹底的に、愛弟子を信じている。すなわち、羽生は、「もっともっとできる選手」なのだ。

 都築が誇らしげに言う。言葉に迷いはなかった。

「羽生くらいになりますと、スピードが多少足りなくても、テクニックでジャンプが跳べます。

 冒頭のループは加速が足りず、若干後ろにウェイトが残っていますけれど、綺麗な動きをしています。

 跳ぶタイミングが完璧で、これはなかなかほかの選手には真似が出来ない。このくらいの加速だと、普通の選手では跳べないと思います。

 スピンは、だんだん下手になってきているんですよ。小さいときは、ものすごく上手だったんですが。

 高校生の頃は、切りつけられるような回転の速さでした。シニアになると、あまり練習をしなくなるのですが、スピンは、練習すればするほど回転が速くなります。

 今も、うまくまとめているはいるけれど、もっとレベルの高いものを見せてほしいと思います。なんと言っても、彼は羽生結弦なんですから」

 おそらく、それはストックホルムの世界選手権で披露されるのではないか。

 羽生結弦は「戦うことが好き」と言っている。ストックホルムには、好敵手ネイサン・チェンもいる。戦うのにこれ以上の舞台はない。

次ページ   戦う上で、現状をどこまで変えてくるか
1 2 3
 第17回
第19回  
宇都宮直子 スケートを語る

ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。

関連書籍

羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程

プロフィール

宇都宮直子
ノンフィクション作家、エッセイスト。医療、人物、教育、スポーツ、ペットと人間の関わりなど、幅広いジャンルで活動。フィギュアスケートの取材・執筆は20年以上におよび、スポーツ誌、文芸誌などでルポルタージュ、エッセイを発表している。著書に『人間らしい死を迎えるために』『ペットと日本人』『別れの何が悲しいのですかと、三國連太郎は言った』『羽生結弦が生まれるまで 日本男子フィギュアスケート挑戦の歴史』『スケートは人生だ!』『三國連太郎、彷徨う魂へ』ほか多数。2020年1月に『羽生結弦を生んだ男 都築章一郎の道程』を、また2022年12月には『アイスダンスを踊る』(ともに集英社新書)を刊行。
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

師の言葉