私は都築章一郎と話をしている。
2021年3月に、スウェーデンのストックホルムで世界選手権が行われた。その結果についての話だ。
「残念ではありましたが、羽生の銅メダル獲得は凄いことだったと思います。
あのレベルのものを自分でコントロールして、試合に持ってくるというのは、誰もができることではありません。
日本では今まで見たことがないですし、世界を見ても、(世界選手権に)ひとりで会場入りする選手はあまり聞いたことがない。
約一年ですよ。約一年、羽生はひとりでやってきました。
そうした中、自分を維持し、挑戦できる状態に作りあげるというのは、ほんとうに大変な作業であったと思います」
羽生結弦は、特別な存在だ。彼に匹敵する選手はいないと思っている。ストックホルムの前も後も、その印象は変わらない。
都築の歯に衣着せぬ物言いは、この日も健在だった。得点について訊いたときは、こう言った。
「フリーはミスが出たので、まあ仕方がないとしても、ショートの得点はもっと出てもおかしくなかった。
羽生のショートは魅力的でした。彼のジャンプには、人を魅了する力があります。そのあたりが、もう少し得点に反映されてもいいと思います」
こうした類いの話を誰かから聞くたびに、私は悔しい。
羽生結弦に限らず、この大会に限らず、シングルに限らず、私は得点の出方に納得がいかないでいる。
「今」は、ずいぶん改善されたと耳にする。だが、「過去」を知らない分、まだまだ不公平を思わせる。
都築は言う。
「昔、虐げられていたのは事実です。思うようには、得点も出ませんでした。今は変わってきていますが……」
日本のフィギュアスケートは、いつまで耐えればいいのか。取材を重ね、いつか本をしたためたいと思う。
私にはそれしか手段がないし、選手を誇りに思っているので、書きたい。
ノンフィクション作家、エッセイストの宇都宮直子が、フィギュアスケートにまつわる様々な問題を取材する。