赤坂真理 なきものにされることへの物語り 第2回

生業訴訟「最高裁判決」のまやかし部分を徹底解剖する

赤坂真理×馬奈木厳太郎

「最高裁レトリック」という名の脳内シミュレーション

馬奈木 「国に責任はない」という判事3人の多数派意見は勝手な脳内シミュレーションだらけで、「最高裁レトリック」と呼ぶほかないような判決でした。

赤坂 「最高裁レトリック」…なるほど。ある種の発明された文体や作法があると感じました。

馬奈木 ごまかしの作法と呼んでもいいかもしれない。なにしろ、判決の冒頭からいきなりごまかしの論理が炸裂するんですから。

赤坂 弁護士から見て、どんなごまかしがあるんですか。

馬奈木 まず指摘しておきたいことは、最高裁が国に責任なしと認めた判断というのは54ページもある判決文のうち、実質的に4ページしかない薄っぺらなものだということです。

赤坂 たったの4ページ!? 確かに短かった。

馬奈木 判決は多数意見と反対意見が3対1となっていますが、裁判官の個人的な意見とされる反対意見が30ページ前後を占めているんです。つまり、3人いる多数意見の分量の方がずっと少ない。しかも、多数意見で「国に責任がない」と説明する部分は判決文の7ページから11ページまで。つまり、実質4ページにすぎないというわけです。

赤坂 多数意見はたった4ページの記述しかないのに、そのなかに多くのごまかしまでもが含まれているというんですか。

馬奈木 まずは実質的な多数意見となる冒頭部分を見てください。

(7)本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策の在り方
 本件事故以前の我が国における原子炉施設の津波対策は、安全設備等が設置される原子炉施設の敷地を想定される津波の水位より高い場所とすること等によって、上記敷地が浸水することを防ぐという考え方を基本とするものである、津波により上記敷地が浸水することが想定される場合には、防潮堤、防波堤等の構造物を設置することにより、上記敷地への海水の侵入を防止することが対策の基本とされてきた」(判決文p6より抜粋)

馬奈木 この文章の主語は「原子炉施設の津波対策は」ですが、これは主体が誰なのかという肝心のことがぼやかされています。

赤坂 なるほど。

馬奈木 そして、末尾にある「基本とされてきた」という文章。これが究極のごまかし、マジックワードなんです。「基本」と言うからには、法令や指針など何らかの根拠があるようにも思えてしまいますが、そのようなものはありません。どこかの機関で「基本としよう」と確認されたわけでもありません。判決には、誰が、いつ、そのように基本としたのか、そうした根拠が何ひとつ示されていない。

赤坂 つまり、だれが何の法令や指針に基づいて、防潮堤によって原発敷地内への浸水を防ぐことを「基本」としてきたのか、まったく説明されていないというわけですね。

馬奈木 「基本」と言われると普遍的なものとだれもが受けとめてしまいますが、じつはその根拠は説明されていない。そして、そのごまかしを前提として多数意見はこう決めつけているんです。

「したがって、経済産業大臣が本件長期評価を前提に電気事業法40条に基づく規制権限を行使して、津波による本件発電所の事故を防ぐための適切な措置を講ずることを東京電力に義務付けていた場合は、本件長期評価に基づいて想定される最大の津波が本件発電所に到来しても本件敷地への海水の侵入を防ぐことができるように設計された防潮堤等を設置するという措置が講じられた蓋然性が高い」(判決文P9より)

馬奈木 これ、回りくどい言い方をしていますけど、要するに「経産相から安全対策をしなさいと言われたら、東電は想定される最大の津波が原発敷地内に侵入しないような防潮堤を作ったはずですよね」と言っているんです。これは同時に、防潮堤以外の安全対策、たとえば原発建屋の水密化などをしなくてはならない特段の理由はうかがわれなかったということも言外に示しています。

赤坂 水密化対策がされていれば、浸水を防いで非常用電源の喪失を回避できた可能性が高いと、津波工学などの専門家が指摘していますよね。なのに、最高裁は安全対策は防潮堤の一択だったと言っているということ?

馬奈木 そうです。「基本」というマジックワードを根拠に、裁判所が勝手にそう「事実」を創り上げ、認定しているんです。つまり、これは裁判所の脳内シミュレーションであり、だから僕は「最高裁レトリック」にすぎないと批判しているんです。

赤坂 「最高裁脳内仮定ワールド」「最高裁脳内フィクション」ですね。ほかにもどんな「最高裁レトリック」が判決文に散りばめられているのかしら。

馬奈木 原発敷地の東側から浸水があった件についての判断もごまかしに満ちています。2002年の地震予測「長期評価」に基づき、2008年に東電が津波被害のシミュレーションをしているんですが、それによると、敷地南東側では敷地高10mに対して15mの津波が予見されるとなっている。だからこそ、多数意見は、経産相が安全対策をせよと命じれば、東電は防潮堤を作ったはずだと論じているんです。では、敷地東側はどうだったか? こちらは敷地高10mに対し、予見できる津波は9.2~9.3mなので、たとえ経産相から対策を求められても防潮堤が作られなかっただろうと、最高裁が勝手に認定しているんです。これも「最高裁文学」によるトリックです。

赤坂 つまり、防潮堤はもっぱら敷地東南側からの海水の侵入を防ぐことに主眼を置いたものになっていたはずで、だから東電がそうした安全義務を履行していたとしても結局、東側からの浸水被害は防げなかったという脳内シミュレーションですね。

馬奈木 だけど、この脳内シミュレーション、破綻していますよね。だって敷地東側の高さの余裕は10m-9.2~9.3mでわずか70~80cmしかないんですよ。ふつう、これだけギリギリの余裕しかない場合、「やっぱり東側も危ないから、用心のためにこちら側にも防潮堤を作っておこう」となりません? しかし、最高裁は自らの勝手な脳内シミュレーションで敷地東側に防潮堤が作られなかったことを合理化し、そうであるなら、津波襲来時には東側からわっと大量の浸水があったはずで、東電が東南側にきちんと防潮堤を建造していたとしても事故は防げなかった、だから国に責任はないと断じているんです。

赤坂 仮定に仮定を重ねている。勝手で恣意的な脳内シミュレーション。

馬奈木 どこまで勝手に仮定の「事実」を創り上げてるんだって話です。しかも、東電が実際に東南側に防潮堤を作っていればまだしも、実際には何もやっていないんですから。すべてフィクションです。

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プロフィール

赤坂真理
東京都生まれ。作家。2012年に天皇の戦争責任をアメリカで問われる少女を描いた小説『東京プリズン』(河出書房新社)が反響を呼び、戦後論の先駆けとなった。同作で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞を受賞。その他著書に「象徴とは何か」と問うた『箱の中の天皇』(河出書房新社)『ヴァイブレータ』(講談社文庫)、『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)、『愛と性と存在のはなし』(NHK出版新書)などがある。
馬奈木厳太郎
馬奈木厳太郎(まなぎ いずたろう) 1975年、福岡県生まれ。東京合同法律事務所所属。福島原発事故の被害救済訴訟「生業訴訟」の弁護団事務局長。他にも岩手県大槌町の旧役場庁舎解体差止訴訟などの代理人を務める。演劇界や映画界の#Me Tooやパワハラ問題も取り組んでいる。ドキュメンタリー映画では、『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督、2015年)企画、『誰がために憲法はある』(井上淳一監督、2019年)製作、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』(平良いずみ監督、2020年)製作協力、『わたしは分断を許さない』(堀潤監督、2020年)プロデューサー、『憂鬱之島 Blueisland』(チャン・ジーウン監督、2022年)共同プロデューサーを務めた。演劇では、燐光群『憲法くん』(台本・演出 坂手洋二)の監修も務める。
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