赤坂真理 なきものにされることへの物語り 第2回

生業訴訟「最高裁判決」のまやかし部分を徹底解剖する

赤坂真理×馬奈木厳太郎

にじむ最高裁の政治性

馬奈木 そもそも、「国に責任なし」とする多数意見は、判決のなかで触れるべきなのに、あえてそれを無視していることがたくさんあります。原発敷地内に浸水するほどの大きな津波の予見可能性だとか、長期評価の信頼性に触れていないという欠陥もさることながら、判決を導き出すために必要な原子力関連の法令の趣旨や目的などにもまったく言及していません。裁判というのは事実を確定し、それに法律を適用し、そして結論=判決を下すという法的三段論法で進むものなんですけど、多数意見は法令の趣旨や目的の解釈もなしに、いきなり結論だけ。しかも、その結論も因果関係だけという、裁判としてはありえない「すっ飛ばし」をしているんですね。

赤坂 最高裁はなぜ、そんな乱暴なことをしたんでしょう?

馬奈木 法的三段論法をけっして忘れていたわけじゃない。多数意見に法令の趣旨や目的など、判決文には必ずといってよいほど登場する「お約束のパラグラフ」が抜けているのは、確信犯的にわざと書かなかったということでしょう。書いてしまうと、電気事業法などがどのような法律で、何のために経産大臣に規制権限を与えているのかという点に触れざるを得なくなる。

赤坂 そんなレトリックがなぜ最高裁でこそ許されるのか。それを考えるのが私の新しい課題になるでしょう。根の深さを感じます。

馬奈木 ちなみに反対意見を述べた三浦守判事は、法令の趣旨、目的という小見出しの段落をきちんと設けて、原子力基本法や原子炉等規正法、電気事業法などの法令の趣旨、目的を論じたうえで、経産大臣の規制権限を明確に整理しています。

「以上の各法令の目的および各規程の趣旨に鑑みると、経済産業大臣の電気事業法40条に基づく規制権限は、原子炉施設の従業員やその周辺住民等の生命、身体に対する危害を防止すること等をその主要な目的として、できるかぎり速やかに、最新の科学的、専門技術的な知見に基づき、極めてまれな災害も未然に防止するために必要な措置が講じられるよう、適時にかつ適切に行使されるべきものであったということができる」(判決文p28より)

馬奈木 つまり、法律の目的や趣旨は住民の生命や健康を守ることであって、そのために経産大臣に電気事業者に対する規制権限を与えている。だから、万が一にも深刻な災害が起きないよう、大臣は適切に権限を行使しなければならないということなんです。この種の裁判には欠かせない、こうした鉄板の「お約束のパラグラフ」をあえて落としているという点に、多数意見のある種の政治性がにじみ出ています。

赤坂 司法が政治性を帯びている? 司法が政治と離れていない? それじゃ、三権分立や、司法が市民の最後の砦であることなんて期待できないですよね。

馬奈木 原子力損害賠償法をはじめとした一連の原子力をめぐる法体系の建て付けは、原子力事業者が当事者となっていて、国は当事者とはなっていません。法律上、国は原発の運営に当事者としてかかわっていないことになっている。だから、原子力損害賠償法も、賠償義務を負うのは原子力事業者で、国は支援することはあっても当事者的な関与は想定されていないんです。

赤坂 呆れた。国は最初から責任逃れができるような法律になっているというわけ?

馬奈木 これはあくまでも私の個人的意見ですが、最高裁は原発事業に国が責任を負うような法体系になっていない以上、自らの判断でそれをぶっ壊す(国に責任があるとする)ことにつながりかねない判決を出すことに躊躇する想いがあったんじゃないかと思います。だって、最高裁が国の責任を認める判決を出したら、原子力関連の法体系を見直さなければならないという騒ぎにもなりかねませんから。自分たちの判決がアリの一穴となって、事業者とともに国も賠償義務など、当事者的な関与が義務付けられるようになるのはまずいので、あえてそこに踏み込むことは避けよう――。多数意見には現行の法秩序を守ることが原告の訴えよりも優先されるべきだという、そんな政治性が透け見えるんです。

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プロフィール

赤坂真理
東京都生まれ。作家。2012年に天皇の戦争責任をアメリカで問われる少女を描いた小説『東京プリズン』(河出書房新社)が反響を呼び、戦後論の先駆けとなった。同作で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞を受賞。その他著書に「象徴とは何か」と問うた『箱の中の天皇』(河出書房新社)『ヴァイブレータ』(講談社文庫)、『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)、『愛と性と存在のはなし』(NHK出版新書)などがある。
馬奈木厳太郎
馬奈木厳太郎(まなぎ いずたろう) 1975年、福岡県生まれ。東京合同法律事務所所属。福島原発事故の被害救済訴訟「生業訴訟」の弁護団事務局長。他にも岩手県大槌町の旧役場庁舎解体差止訴訟などの代理人を務める。演劇界や映画界の#Me Tooやパワハラ問題も取り組んでいる。ドキュメンタリー映画では、『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督、2015年)企画、『誰がために憲法はある』(井上淳一監督、2019年)製作、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』(平良いずみ監督、2020年)製作協力、『わたしは分断を許さない』(堀潤監督、2020年)プロデューサー、『憂鬱之島 Blueisland』(チャン・ジーウン監督、2022年)共同プロデューサーを務めた。演劇では、燐光群『憲法くん』(台本・演出 坂手洋二)の監修も務める。
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