赤坂真理 なきものにされることへの物語り 第2回

生業訴訟「最高裁判決」のまやかし部分を徹底解剖する

赤坂真理×馬奈木厳太郎

後続の原発訴訟に希望

赤坂 原発の安全対策は防潮堤一択だったという多数意見の「脳内妄想」についても、反対意見は痛烈に批判していますよね。

馬奈木 そこは傑作です。津波対策は防潮堤一択だったと多数意見は勝手に決めつけていますが、三浦判事は「事実は国内外の原子炉施設で、安全対策として水密化をしたという実績があり、浸水を防止する技術的な知見はあった」と述べた上で、福島第一原発でも「水密化の措置を講じることは十分に可能だった」と真っ向から反論しているんです。また、冒頭で紹介した多数意見の「基本」というマジックワードについても、三浦判事は以下のように猛批判しています。

「多数意見は(中略)防潮堤を設置することにより、上記敷地への海水の侵入を防止することを基本とするものであったことを強調するが、このことを定めた法令はもとより、そのような指針が存在したわけでもなく、また、本件長期評価の公表以前に、防潮堤等の設置により上記敷地の浸水を防止することを前提として、原子炉の設置許可等がされた実績があったこともうかがわれない」(判決文p45より)

馬奈木 これはつまり、防潮堤一択という多数意見の説明はウソだと言っているんです。ねっ、傑作でしょ?

赤坂 他の原発で水密化対策をした実例があるし、防潮堤一択を定めた法令や指針は、そもそもない。だから、多数意見の「基本」という物言いは明らかにおかしいとわかります。ただ、後段の「設置許可等がされた実績」云々の部分は傍聴していてもちょっとよく理解できませんでした。

馬奈木 ああ、そこの部分はですね、もともと原発は津波の来ないような高い場所に作ることにして、設置許可もそのことを前提に出されていたということを言っているんです。そうした経緯があるからこそ、浸水を想定した安全対策は十分に検討されてこなかったというわけ。ただ、福島第一原発は海岸沿いの戦前の特攻隊訓練場の跡地に作られたのですが、もともと35mの高台だったのを取水の都合や核燃料の荷揚げの容易さから25mも掘り下げて設置したこともあって、津波を警戒しないといけなくなってしまった。三浦判事は福島第一原発のように事後的に防潮堤などの設置が迫られたことは「まさに前例のない事態」(判決文p46より)であり、そうした危険な状況を放置したまま30年間も原発を運転してきたことは、「それまでの安全性を根底から覆し、それが『神話』であったことを示すものと言ってもよい」(判決文p46より)と断じています。

赤坂 そうか、ここは原発の「安全神話」を否定するための導入部分だったんですね。25mも掘り下げて設置したことに関しては、アメリカの設計がそもそも海辺でなくもっと平地の水辺につくられるため、低い設定になっていたと聞きました。土地に設計を合わせるのではなく、アメリカの設計ありきだったと。しかし、特攻隊訓練所の跡地だったとは。元が国家のために捨て石にされたような人々の土地だった…。

馬奈木 その後の批判も痛烈です。原発の安全神話が虚構であった以上、「きわめてまれな可能性であっても、本件敷地が津波により浸水する危険にも備えた(水密化などの)多重的な防護について検討すべき状況にあった」(判決文p47より)、「保安院や東電が法令に従って真摯な検討を行っていれば、適切な対応をとることができ、それによって本件事故を回避できた可能性が高い」(判決文p51より)、「法が定める規制権限の行使を担うべき機関が事実上、存在していなかったというに等しい」(判決文p53より)と畳かけています。

赤坂 小気味よいほど筋道立っていますよね。

馬奈木 そして、いよいよ結論です。この部分はさらに気合が入っています。

「経済産業大臣が上記規制権限を行使しなかったことは、その周辺に居住していた住民との関係において、法令の趣旨、目的や、その権限の性質等に照らし、著しく合理性を欠くものであって、国家賠償法1条1項の適用上、違法であるというべきである」(判決文p53より)

「本件発電所の安全管理について、一次的に責任を負うのはいうまでもなく東京電力であり、その関係において、上告人の責任は二次的なものということができる。しかし、原子力発電所の設置及び運営は、原子力利用の一環として、国民生活及び国民経済の維持、発展に不可欠なエネルギー政策を踏まえたものであり、その安全性の確保についても、深刻な災害の発生を未然に防止するため、上告人がその設置の許可からその後の各段階における経済産業大臣の技術適合命令も、稼働中の原子炉施設について、周辺住民等の生命、身体に対する危害を防止すること等を目的として、その安全性を確保するために付与された重要な規制権限であることに鑑みれば、上告人の責任の範囲が(中略)被上告人に係る損害の一部に限定されるべき理由はない。したがって、上告人及び東電は、同被上告人らに係る損害の全体についてそれぞれ責任を負い、これらは不真正連帯債務の関係に立つと解するのが妥当である」(判決文p54より)

馬奈木 ちなみに「上告人」とは国のことで、「損害の全体についてそれぞれ責任を負い」「不真正連帯債務の関係」とは1対1の責任割合で損害の全部に責任を負うという意味です。つまり、国は東電と同等の責任を負うと、反対意見は結論づけているのです。

赤坂 「違法であるというべきである」! そしてその根拠もしっかりと示す。すごい。やっぱり、反対意見というよりこちらの方が本当の判決という感じ。

馬奈木 三浦判事の意見が多数意見として法廷意見になっていれば、これはもう、日本の法曹史に残る画期的な名判決になっていたでしょうね。何よりも反対意見には三浦判事の思いが感じられるんです。

赤坂 どんな思いですか?

馬奈木 国の責任を認める判断が少数派としてとどめられてしまったにもかかわらず、この裁判官自身が諦めていないんですよ。全国で起こされた原発関連訴訟は30件前後もあり、今後もまだまだ続きます。そうした後続の裁判に対して、この反対意見は「今回は退けられてしまったけど、いずれはこの反対意見が多数の判事によって法廷意見になる日がきっと来る」とメッセージを送っているような感じがしませんか? だからこそ、三浦判事は反対意見をわざわざ正式な判決の体裁にして、原告団や国民に示したのだと理解しています。

赤坂 そうですね。これが残ること自体が未来に対する希望です。この反対意見は三浦判事から国民へのメッセージというか、「未来への信託」みたいな印象があります。私たちも、「判決」というのは勝ち負けだけではなく、その内容をよく読まなければいけない。

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プロフィール

赤坂真理
東京都生まれ。作家。2012年に天皇の戦争責任をアメリカで問われる少女を描いた小説『東京プリズン』(河出書房新社)が反響を呼び、戦後論の先駆けとなった。同作で毎日出版文化賞、司馬遼太郎賞、紫式部文学賞を受賞。その他著書に「象徴とは何か」と問うた『箱の中の天皇』(河出書房新社)『ヴァイブレータ』(講談社文庫)、『愛と暴力の戦後とその後』(講談社現代新書)、『愛と性と存在のはなし』(NHK出版新書)などがある。
馬奈木厳太郎
馬奈木厳太郎(まなぎ いずたろう) 1975年、福岡県生まれ。東京合同法律事務所所属。福島原発事故の被害救済訴訟「生業訴訟」の弁護団事務局長。他にも岩手県大槌町の旧役場庁舎解体差止訴訟などの代理人を務める。演劇界や映画界の#Me Tooやパワハラ問題も取り組んでいる。ドキュメンタリー映画では、『大地を受け継ぐ』(井上淳一監督、2015年)企画、『誰がために憲法はある』(井上淳一監督、2019年)製作、『ちむぐりさ 菜の花の沖縄日記』(平良いずみ監督、2020年)製作協力、『わたしは分断を許さない』(堀潤監督、2020年)プロデューサー、『憂鬱之島 Blueisland』(チャン・ジーウン監督、2022年)共同プロデューサーを務めた。演劇では、燐光群『憲法くん』(台本・演出 坂手洋二)の監修も務める。
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