韓国2025 アジアの民主主義を考える 第2回

暴徒化した尹大統領支持者たち

伊東順子

 とうとう心配していたことが起きてしまった。1月19日の未明、尹大統領の勾留に激昂した支持者が暴徒化して、ソウル西部地方裁判所の敷地内や建物に乱入。窓ガラスを叩き割り、警察官に暴力をふるい、テレビ局の記者を殴って機材を奪い、しかも彼らは自らの暴力をYouTubeで実況中継までしていた。

 その日は、ガザで停戦が予定されていた。ところが、約束時間より約3時間合意が遅れて、その間に19人が犠牲になったという。その19人も停戦を心待ちにしていただろうに、彼らの人生はそこで終わってしまった。なんということだろう。またこの日、日本のメディアは兵庫県知事選にまつわる新たな「訃報」を伝えていた。本当にやりきれない一日になった。

 あまりにも多くのつらいことが一度に伝わってくると、人々は自ずと防御の体制が強まるのだろうか? 口や心を閉ざす人もいるが、不必要に攻撃的になる人たちもいる。SNS上では見知らぬ人同士がすれ違いざまに罵りあっている。以前、私たちはもう少し仲良くなかっただろうか。私たちが暮らす社会は、前からこんなにギスギスしていたのだろうか?

 「でも韓国に比べれば日本はマシですよ。韓国はもう内乱一歩手前です」

 友人たちの中には危機感をつのらせている人たちも多い。『民主化以後の韓国民主主義——起源と危機』の著者として知られる崔章集高麗大名誉教授は新聞インタビューで、尹大統領の戒厳宣布を「民主主義原理に対する挑戦であり違反だ」と批判したうえで、今の韓国を「事実上の無政府状態や類似内戦のような状況」とも言っていた。

(日本語版 「韓国は類似内戦状態、大統領没落しても解決しないだろう」(2) | Joongang Ilbo | 中央日報

 それほど韓国社会の分裂は激しい。

 

深夜の裁判所に乱入、鉄パイプを持って裁判官を探す

 それにしても、裁判所に乱入した尹大統領支持者の暴力行為は想像を絶するものだった。韓国メディアの中には「襲撃」という言葉も使われている。暴徒にまぎれて建物内部に入ったJTBCの記者が事態の進行をスマホに収めていた。それは19日午後にテレビとネットで公開されたのだが、映像は衝撃的だった。

 尹大統領が大統領公邸で逮捕されたのは1月15日である。韓国の法律ではその後に「勾留」のための令状が発布される。大統領の勾留に反対して18日から裁判所を取り囲んでいた支持者は、19日未明に「令状の発布」が伝えられると一斉に興奮状態となり、塀をこえて敷地内になだれ込んだ。

 「裁判官は出てこい」「夜道に気をつけろよ。おまえの家族をみんな殺ってやる」「北朝鮮に行け、アカ野郎ども」

 口々に叫ぶ彼らは、正門を守る警察と衝突する。画面には顔を殴られて顔面血まみれの警察官も映っていた。しばらくすると支持者の一部は裏門に回り、建物の窓ガラスを破壊して建物内に入った。「ここから入れ」という声にしたがって、破壊された窓から続々と人々が入っていく。その一部は階段を上がって裁判所の核心部分である庁舎の3階へ到達し、消火器で入口の強化ガラスを割ろうとしている。

 恐ろしかったのは、彼らが7階の裁判官執務室に入って、裁判官を探し回っている姿だった。

 「ここにいると思うんだけど」「非常退避通路があるんじゃないか」「部屋の中に隠れているんだろう」「部屋の中に」

 手には消火器や鉄パイプをもった人もいる。彼らは裁判所内の器物を破損するだけでなく、明らかに特定の人物を標的にしていた。もし、そこに裁判官がいたら、どうなっていたのだろう? 幸い裁判官は無事だったが、警察官が9人負傷し、うち5人は重傷を負った。

支持者にエールを送る大統領

 裁判所が暴力に蹂躙され、裁判官の生命を脅かされるという重大事態。法治国家としてはありえない、文字通りの「司法の危機」である。それを招いたのが検事出身の大統領というのは、なんとアイロニカルなことだろう。ここはさすがの尹大統領も怒らなければいけない。神聖な法廷を汚すとはなんたることか! あるいは謝罪しなければいけない。自分のせいでこんなことになって申し訳なかったと。ところが弁護士を通じて発表されたコメントは、そのどちらでもなかった。

 「人々の悔しさや怒りの心情はよくわかるが、平和的な方法で意思表示をしてほしい」

 この「人々」というのは誰なのか? これは明らかに暴徒たちへの「慰労」の言葉であり、エールだった。

 「トランプ大統領を思い出しました。まるでアメリカみたいですね」

 SNS上を見ていたら、この事態を見て2021年のトランプ支持者らによる米連邦議会議事堂襲撃事件を思い出した人も多かったと思う。韓国で政治外交を学ぶ伊藤晃輝(高麗大学)さんは「アメリカ化する韓国」という言い方をしていた。

 「そのまま新書のタイトルになるね。ぜひそれで卒論を書いて」

 彼とはそんなやりとりもしたが、今の韓国の状況を表すにはピッタリの表現かもしれない。

 そもそも「韓国の民主主義」について語るなら、日本のそれと比べて云々するよりも、同じ大統領制のアメリカを例にしたほうがわかりやすいと思う。保守とリベラルの二大政党間の対立が深まり、支持者たちを感情的に分断している状況は、まさにアメリカを彷彿とさせる。もちろんアメリカの共和党内がすべてトランプ派ではないように、韓国の与党「国民の力」の皆が尹大統領を熱烈に支持しているわけではない。

 たとえば前回も書いたように、与党内にも戒厳宣布に反対したり、大統領の弾劾追訴案に賛成したりした党員もいる。

 今回の件でも、弾劾審査中の大統領の権限を代行する崔相穆(チェ・サンモク)経済副首相兼企画財政相は、暴徒たちの行為を「民主主義と法治主義を正面から傷つけた」とし、厳正な捜査と処罰を強く訴えた。それは暴徒化した支持者にエールを送り、さらに警察に対して「寛容な姿勢」を求めた尹大統領とは、明らかに一線を画すものだった。

逮捕者の半数以上が20、30代の若者だった

 ところで、この事件が韓国の人々にショックをもたらしたのは、その過激さや暴力性だけではない。私が事件を知ったのは多くの人々と同じく19日の早朝だったが、ニュース映像を見て驚いたのは「暴徒」たちの年齢層だった。

 「若い……」

 冒頭に「心配していた」と書いたように、尹大統領支持派が程度の差はあれ、それなりに直接行動に出るのは予想もされていた。2016年の朴槿恵弾劾の折にも、親衛隊が弾劾を決めた裁判所に押し寄せた。

 もともと右派団体の中には過激な行動をとる人々もいて、古くは2000年代初頭からベトナム帰還兵たちを中心とした保守系団体が新聞社に乱入するなどの暴力行為を繰り返していたし、2010年代に入ってからも光化門の集会でガスバーナーに火をつけて威嚇したり、朴槿恵弾劾のロウソク集会の時にも、そのカウンターとして広場で気勢を上げたりしていた。ただし、その中心は高齢者(とくに男性)たちだった。

「朴大統領は直ちに戒厳令を発令してアカどもを一人残らずつかまえるべきだ」「北朝鮮に追随する左派を打ち倒そう」……

 彼の大音量と言葉の汚さを不快に感じる人はいると思うが、「広場」は常に開かれているのが韓国民主主義の理想である。

 今回も彼らが尹大統領の支持の最前線にいるだろうと思っていたのだが、どうやらそれは間違っていたようだ。「暴徒」の中心は高齢者たちではなく、強靭な肉体を持つ「強そうな面々」だった。

 警察発表によれば、西部地裁に乱入して現行犯逮捕された90人は10~70代であり、そのうち20代と30代が合わせて46人、全体の51%占めるという。

分断が進む韓国社会、イデナム(20代男性)とイデニョ(20代女性)

 各社の報道には性別がなかったため、SNSなどでは「男だろ」「男と書けよ」という、かなり少々強めのコメントが幾つもついていた。なぜ警察が性別を発表しなかったのかはわからないが、男性が多かったのは映像や写真からも明らかだった。

 そもそも先の大統領選挙で、ジェンダーによる投票行動の違いが、いちばんはっきりしていたのは20代だった。これは「イデナム(20代男性)・イデニョ(20代女性)問題」として社会的関心を集めた。その時6割近くが尹大統領を支持だった「イデナム」の中から、急進的な大統領支持派が出てきても不思議ではない。事実、彼らの中には右派YouTuberとして活動している人もいる。

 それでも「暴徒化」するとまでは思わなかった。内戦や独裁政権下を生きぬいた筋金入りの右派老人でもない彼らにできることは、ハンガーストライキをする人の横でピザの爆食いをすることぐらいだと思っていた。

 一方で、私にはずっと気になっていたことがあった。映画『ソウルの春』が韓国で大ヒットしている頃、何度も見に行っている若い男性の中には「全斗煥のリーダーシップに強烈に憧れる人がいる」と聞いたことだった。それを教えてくれた韓国の女性記者は深刻そうだったが、一緒に聞いていた年配の男性記者は「そんなの一部ですよ。気にすることはない」と笑い飛ばしていた。

 たしかに映画『ソウルの春』を見た人々が、揃いも揃って全斗煥に批判的になるというわけではないだろう。世の中にはいろいろな人がいるし、いつまでも向かっている時代の方向が、80年代や90年代と同じと思わないほうがいいかもしれない。

 若い男性の右傾化・保守化は世界的な傾向と言われており、米国の大統領選挙でもトランプ陣営はそこをうまく利用していた。米国在住の友人たちと話していても、娘を持つか息子がいるかで社会の見え方は違うなというのを、最近は強く感じるようになった。

 「アメリカ化する韓国」も、そんな世界の動きから例外ではないし、また韓国的な特徴もある。その背景には長年にわたる家父長制の問題がある一方で、徴兵制などのジェンダーによる制度的ギャップも関係している。

韓国政治の3つの現場、民主主義を脅かす者たち

 大統領支持派にイデナムが多いとしたら、大統領反対派の中心にはイデニョたちがいる。日本でも報道されているように、非常戒厳宣布直後から、尹大統領弾劾に賛成するデモの参加者は圧倒的に20代の女性が多かった。ロウソクの代わりにペンライト、運動歌の代わりにKPOP、さらに各々が自由なスローガンを書いた旗を持ち寄って集まる風景は壮観だった。

 「今の若い人たちのデモ文化ってすごいと思いませんか。どんどん新しいことを考え出して……」

 友人が「若い人」と言ったので、ちょっと笑ってしまったのは、私にとっては彼女もかつて「若い人」だったから。20年前の盧武鉉選挙の頃、ネットを駆使した彼女たちの新しい政治運動に、私たちは感動した。まさに命がけだった70~80年代の民主化闘争や、まだまだ悲壮感のあった90年代の運動を知る者にとって、2000年代初頭から始まった新しいタイプの「広場の運動」は新鮮だった。

 そんな彼女ももう50歳だという。あのときに20代の若者だった人たちが、今はもう中年になって、さらに若い人の行動に感動して、ついていこうとする。これは政治運動に限らず、韓国の強さだなと思う。新陳代謝。

 そう思って楽観していたのだが、その後に韓国の政治情勢は大いに混迷を深めることになった。朴槿恵大統領の時にように、さくっと弾劾が決まって新しいリーダーを選ぶというようにはならない。ことがスムーズにいかない最大の理由は尹大統領にあるが、与野党ともに党利党略があからさますぎて、分断をあおるばかりだ。分断を激化させる「陰謀論」がネット空間を支配する。

 大統領も政党も頼りにならなければ「広場」がある、と思ってきた。ところが、その広場政治にも暗雲が立ち込める。そこは暴力的になってはいけないのだ。

 よく言われることだが、韓国政治には3つの場所がある。1つは大統領官邸、2つ目は与野党が集まる国会、3つ目は市民が集まる広場である。独裁政権時代には3か所全てに暴力があったが、それが民主化の過程で変化していった。

 でも、世界はバックラッシュの時代に入ったようだ。軍隊を動員した尹大統領の戒厳宣布は官邸が民主主義を踏みにじったものだったし、彼の支持者による裁判所への乱入は司法への暴力であると同時に、広場の民主主義を脅かすものでもある。つい先日までは右派の人々も平和的にデモをしていた。その一角が崩れたのだとしたら、それは大いに憂うべきことだと思う。

 

 第1回
韓国2025 アジアの民主主義を考える

2024年12月に突然出された韓国の非常戒厳令。いまだ韓国社会は揺らいでいるが、市民が積極的に行動する韓国を「民主主義の先進国」として称賛する人もいれば、「韓国民主主義の未熟さが露呈した」と批判的にとらえる人もいる。韓国を巡って日本国内の評価が真っ二つに割れるのは今に始まったことではないが、それぞれが理想とする「民主主義の形」はいったい何だろうか。韓国のリアルをレポートしながら、アジア全体の民主主義を考える。

プロフィール

伊東順子
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』『続・韓国カルチャー 描かれた「歴史」と社会の変化』(集英社新書)好評発売中。
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