ディープ・ニッポン 第19回

徳島(3)

アレックス・カー

「滝の王国」を巡る

 神山町ではジグザグと山間を縫う国道193号沿いに、たくさんの滝があります。ちょうど大雨の降った後で、滝の観賞に最適なタイミングでそれらを見ることができました。

 中津から少し山へ入ったところにあるのが、一つ目の「出会い滝」です。三つの流れが合流して一つの滝となり、滝壺に流れ落ちることからこの名が付いたとのことです。出会い滝から少し進んだところにある「氷生ひしょうケ滝」は、崖から流れ落ちる水の流れが白糸のようになっています。案内の看板によると、冬は水が凍り見事な氷爆が見られるようですが、しとしとと落ちる白糸の流れも十分に美しいものでした。

出会い滝
氷生ケ滝

 神山町から那賀なか町に入り、釜ヶ谷川に沿ってさらに国道193号を南下していきます。那賀町は東西方向に細長い大きな町ですが、土地のほとんどは山地で、人口密度1キロメートルあたり一〇・七八人。これは同じく人口が少ないといわれるつるぎ町や神山町の約四分の一です。私たちが走っていた道路も国道とはいいながら、ほとんど一車線で交通量も少なく、周りの景色も進むにつれてジャングルのようになっていきます。

 道路に沿って流れる川の両岸には大小さまざまな石が転がっていてワイルドな風景です。

釜ヶ谷川の川辺の風景

 川に石があることは当たり前と思われますが、紫色と緑青色の阿波石は日本庭園に好まれ、高値で取引されるため、業者が目を付けると、川から掘り出されてしまいます。五十年以上前に祖谷へ通い始めたころ、毎日のようにクレーンと鎖で川から阿波石が引き上げられている光景を目にしました。

昔の祖谷の川辺(アレックス・カー撮影)
阿波石を運び出すトラック(アレックス・カー撮影)

 そのうち大きな石は減り、川に石がある風景は、当たり前のものではなくなってしまいました。しかし、那賀町のあたりは石ハンターの手が及ばなかったようです。

 那賀町は滝の王国で、滝を一つひとつ紹介していたらキリがありません。「大釜の滝」「小釜の滝」など、道路沿いにあった滝は簡単に見ることができましたが、ほかにも「雨乞の滝」「ホウデンの滝」など、一日では見切れないほどの数があります。滝巡りの途中には、岩肌がむき出しになった素掘りのトンネルもあり、映画「レイダース/失われた聖櫃<アーク>」の世界のようでしたが、大滝の手前には、完璧といえるほどの山水画の世界がひっそりと息づいていました。

素掘りのトンネル
山水画の世界

 原生林に覆われたエメラルド色の川を挟むように険しい山がそびえ、遠方の山々からは霧が湧き上がっています。それは、まさに私が愛してきた日本の原風景でしたが、こうした光景は脆く儚いものであることを、五十年の年月の中で知りました。私はしばしたたずみ、その光景を目に焼き付けました。

レイダースの風景

 滝巡りの中で、特に印象に残った滝は二つあります。その一つが那賀町にある「大轟おおとどろの滝」でした。この滝は、上流で釜ヶ谷川と合流した沢谷川が滝壺に流れ込んでいるもので、切り立った崖のところどころから滝壺に流れ落ちる水は、その名の通り轟音をあげています。眺めはまるでミニ・ナイアガラでしたが、ここでは本家のナイアガラと違って、滝のすぐそばまで山が迫り、緑の原生林が密集しています。

大轟の滝

 もう一つの滝が那賀町に隣接する海陽かいよう町にある「轟の滝」です。那賀町から海陽町に行く道中、霧越きりごえ峠を経てアクセスしましたが、峠道は粗削りな巨石や自然林の間を縫うように敷かれていて、周囲の自然はこれまで見てきたものより一段とワイルドでした。国道193号は峠道となり、狭い道にガードレールはほとんどありません。

国道193号

 70年代に私が祖谷に通い始めたころの祖谷渓の道もそうでした。未舗装でガードレールがない個所も多く、日常的にかなり危ない道でした。ある時、一台の車が崖から転落しそうになっている場面に出くわしたこともあります。バックしようとして後輪が道から外れたのか、車は後部からジリジリと崖に向かって滑っています。乗っていた人たちは慌てて車から飛び出し、事なきを得ましたが、車は最後には崖下へ落下していきました。

祖谷の谷に落下した車(アレックス・カー撮影)

 轟の滝は海部川の上流にある滝で、山全体に大小さまざまな滝がある「轟九十九滝」の中で、いちばんダイナミックな「本滝」を指します。駐車スペースに車を停めて、観光用に整備された遊歩道を登っていきました。一応、徳島県の観光名所となっているようですが、私たち以外には誰もおらず、途中の小さな神社と寺院には、ところどころに潰れかけの小屋のような建物もあって、寂しげな雰囲気でした。

 小さな川沿いの遊歩道を上流に進んでいくと、「轟神社」の赤い鳥居が現れ、その先から「ゴー」と鳴り響く騒々しいまでの水音が聞こえてきました。滝は岩場の奥まったところにあり、水の流れが見えないまま轟音だけが鳴り響いています。岩場を回り込むと、ようやく眼前に大きな滝が姿を現しました。大雨の後のせいか、山の上からすごい勢いで水が流れ落ちていて、滝壺の手前にいた私のところまで水しぶきが飛んできました。

 轟の滝は滝でありながら洞窟のようでもあり、俗世から隔絶された空気が漂っていました。奥まった崖の狭間からあふれ落ちる水は水源が見えず、想像力が刺激されます。私は水しぶきでずぶ濡れになるまで、滝の前で立ち尽くしてしまいました。

轟の滝
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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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