ディープ・ニッポン 第23回

福井・京都(3)

アレックス・カー

修験道の山伏が求めた極楽

 花背からの帰りは山道をひたすら下ることになります。急なカーブを何度も回り、鞍馬の町を通るころには、あたりは真っ暗になっていました。鞍馬では二日前に有名な「鞍馬の火祭」があったばかりでした。古趣をたたえる鞍馬街道沿いの家の軒先に提灯がまだ吊り下げられていて、祭りの余韻がただよっていました。

鞍馬の町並み (アレックス・カー撮影)

 普段、京都市街から鞍馬に上ると、「田舎に来たなあ」と感じます。花背から鞍馬へ下りたら「町に来たなあ」と、しみじみ思いました。

 後日、慶子さんから峰定寺がご開帳を予定していて、その日であれば仁王門から奥の舞台まで行くことができるという、うれしい連絡がありました。十一月初旬に再訪した花背は、すでに秋の絶頂を迎え、峰定寺の門前に流れる川沿いの紅葉は鮮やかな赤、黄に染まっていました。

 杮葺きの仁王門は1350年の作です。門の前で存在感を放つ太い幹の大木は、コウヤマキ(高野槙)というスギの一種で、世界の中で日本にしかない樹種です。主幹は折れてしまい、朽ちて落ちたところに木材の屋根が架かっていました。水平方向に伸びた枝が徐々に上に向かうように曲がりくねり、門より高くそびえている姿はご神木としては奇形で、樹齢さえ分かりませんが、ひょっとしたら平清盛の時代からあったのかも知れません。

峰定寺の仁王門とコウヤマキ

 門をくぐり、参道を少し上がったところから振り返ってみると、紅葉の枝越しにカーブを描いた門の屋根が見えました。

峰定寺の仁王門と紅葉

 本堂までは、苔むした石畳の素朴な階段がスギ林を縫うように続いています。途中、大きな鍾を吊るした「堂谷梵鍾」というお堂の横には、三本杉の兄弟と感じさせるほど貫禄のある太いスギの木が立っていました。この木も御神木のようで注連縄が巻かれていました。

峰定寺のスギ巨木。周囲は台風の跡が生々しい

 梵鍾堂から上を見ると、崖沿いに懸造の本堂(1350年)が見えてきます。現存する懸造寺院では最も古い建築の一つで、京都・清水寺の舞台(1633年)の原型といわれています。

峰定寺、懸造の本堂

 崖に柱や貫の木組みを作って、その上に社殿や舞台を作る懸造は中国でも少し見られますが、日本は山が多く、木材での建築を徹底していたことで技術が発展し、各地にこのような社殿が伝わるようになりました。平安時代に歴史が遡る滋賀の「石山寺」と、鳥取の「三佛寺さんぶつじ投入堂なげいれどう」が古いものとして知られていますが、最も有名なのは何といっても清水寺です。

 峰定寺の舞台は、雨風にさらされた欄干と床板がわびた情緒に溢れていました。舞台からの見晴らしは、青い木々に覆われた山が深い渓谷の左右に連なり、峰々が遠い彼方まで果てしなく続いていました。参拝者は他に誰もいません。壮大な森林風景の中に人工物は一つも見当たらず、峰定寺の舞台と本殿だけが天空に浮かんでいるようです。この静寂は修験道の山伏が求めた極楽だと思います。

峰定寺、本堂舞台からの眺め

(つづく)

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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