ディープ・ニッポン 第24回(最終回)

福井・京都(4)

アレックス・カー

ここは、世の中からの隠れ場所

 お伊勢参りは続きます。元伊勢三社の「奥の宮」ともいえる天岩戸神社を参詣しなければ、このお参りを終えることはできません。

 先述した通り、元伊勢のいわれを持つ神社は日本各地に九十社以上あり、その多くは外宮と内宮から構成されています。私の知る限り、近くに天岩戸はありません。

 一方、天岩戸の伝説を持つ場所も、全国に数十か所ほど存在しますが、外宮・内宮と組み合わさったものはありません。大江町の元伊勢三社は、アマテラスゆかりの三霊場がすべて揃った稀な例といえます。

 天岩戸伝説はよく知られているので、ここでは詳述しませんが、伊勢神宮の鏡にかかわる粗筋だけ、簡単に触れておきます。アマテラスは弟であるスサノオの数々の狼藉に憤慨し、天岩戸に身を隠してしまい、その結果、高天原たかまのはらからすべての光が消えてしまいます。八百万やおよろずの神々はその対応策として、八咫鏡と、緒に繋いだ五百個の八尺瓊勾玉やさかにのまがたまを用意し、木の枝に吊るしました。アメノウズメという女神が岩戸の前で愉快な踊りを始めると、神々が爆笑し、好奇心を抑えきれずアマテラスもその様子を覗こうと洞窟の戸を少しだけ開けました。その途端、鏡に自分の顔が映され、それにより高天原に光が戻り、アマテラスが岩戸から出てきたというお話です。

 八咫鏡と八尺瓊勾玉は、後に三種の神器のうちの二つとなり、特に鏡の方は伊勢内宮の御神体となりました。つまり、天岩戸は伊勢信仰発祥の地といえるのです。

 同時にここは踊りの発祥の地でもあります。アメノウズメの舞いは神楽の起源とされており、歌舞伎や日本舞踊など、あらゆる日本の伝統的な踊りには天岩戸神話が関わっています。元伊勢三社の外宮・内宮の神楽殿に神楽と舞踊に関する額が飾ってあった所以です。「伊勢さんと踊り」の伝統は現在も残っていて、たとえば私の友人の女性舞踊家は、すべての元伊勢神社で踊りを奉納する計画を進めています。

 内宮から天岩戸神社へは、森の中の小径を歩いて行くようになっています。細い砂利道を下っていくと、景色の開けた場所に出ました。石造りの鳥居の上に、石でできた三方(供物台)が置かれ、その真後ろにミニチュア富士のような三角形の山がそびえていました。鳥居の上部には「日室嶽遥拝處(処)」という文字が刻まれています。季節は早秋で、山は薄緑と黄色の豊かな原生林に覆われ、上代を感じる風景でした。

天岩戸神社にいたる小径にある遥拝所の鳥居

 そこからしばらく下った場所に、天岩戸神社の案内板がありました。神社は大きな岩がごろごろと転がった渓流のほとりにあり、険しい石段を河原まで降りて行きます。おだやかな晴天の下、流れがほとんどない川面は青空と、繊細に揺れる原生林の枝葉を映し、まさしく神鏡を想像させる眺めです。

天岩戸神社、巨岩が鎮座する川面

 淵の側の急斜面に建つ天岩戸神社は、思いがけなく小さな社でした。小さいとはいえ、懸造かけづくりの本格的なものです。懸造は第3回の峰定寺ぶじょうじで言及した通り、崖に柱や貫の木組みを設けて、その上に社殿や舞台を作る建築様式です。崖を削ることなく、山への影響を最小限に留めるこの様式は、ここで忠実に守られていました。

天岩戸神社、懸造の社

 社へは上りやすい階段などが付けられておらず、ゴツゴツした崖の岩肌にぶら下がった鎖をつかんで急傾斜を這い上がっていかねばなりません。アマテラスが隠れたはずの洞窟はどこにも見当たりませんでしたが、この場所全体が世の中からの隠れ場所のように感じられました。

 平安時代の西行法師が伊勢参りの際に書いた有名な句があります。

「なにごとの おはしますかは 知らねども かたじけなさに 涙こぼるる」(ここにどなたがおられるのか分かりませんが、あまりのありがたさに、ただ涙がこぼれてきます)

 天岩戸神社がある光景に、私は同じ思いを抱きます。

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 第23回
ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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