バッシング ~関西発ドキュメンタリーの現場から~ 第3回

科研費をめぐる新聞記者と杉田水脈議員との不思議な関係

斉加尚代(さいか・ひさよ)

地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。毎日放送の斉加尚代ディレクターです。同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。
本連載ではその代表作『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景、そして記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。

 

ネット上の波状攻撃で学生にも変化

 このころ、杉田水脈議員に呼応するようなツイッターアカウントの存在に気づきます。大阪大学教授の牟田和恵さんに集中砲火を浴びせる中心的役割を果たしていくのが、「CatNewsAgency」という匿名のアカウントでした。
 もともと猫の顔をアイコンにして「『メディアの権力』を監視しています」というキャッチフレーズで情報を配信していました。たとえば新聞、テレビ、通信社の記者たちに関心を寄せて、安倍政権や自民党議員を追及する記者の個人名を暴いていました。
 国会で杉田議員を追いかけるこいつは朝日の〇〇記者、経歴は……。〇〇通信の反日記者〇〇は父が社会科の教師で日教組の香りがプンプンする。財務省トップをセクハラで告発したテレビ朝日の〇〇記者は……、などなど。とにかく個人名を挙げて拡散するのです。
 さらに力を入れていたのが、NHKのドキュメンタリー批判です。「NHKの反日ドキュメンタリーは誰が作っているのか」と槍玉にあげ、「戦争」や「日本国憲法誕生」などをテーマにする番組をぶった切っていくことに使命感を燃やしているようでした。「偏向番組」と決めつけるのはもちろんのこと、日本国憲法成立秘話に関する番組を制作しているプロデューサーに対しては、まるで「敵」に対する「諜報活動」のように過去を掘り起こし、番組名の一覧表を作成し、几帳面と言えるほど情報収集に励んでいます。たぶん「日本国憲法」が嫌いなのでしょう。
 その「CatNewsAgency」が、杉田氏が国会で科研費をなぜか問題視して追及した直後から同調するように「『科研費監視』を始めました」とアイコンに加筆し、「私が他の有名左翼学者たちの科研費を調べて列挙。この時、大阪大学教授・牟田和恵の科研費内容があまりに酷かったので、独自で調べてツイートとまとめで告発」していました。牟田さんを激しく非難したのです。

 援軍に気を良くしたのか、杉田議員の放言はやみません。4月に入ると自身のツイッターを使って、牟田さんたちの研究に関して「捏造」とまで言い放つようになります。

杉田氏ツイッター(4月10日)
「1755万円の科研費を使って「私のアソコには呼び名がない」というイベントを開催したり、『慰安婦問題は#MeTooだ!』という論文を成果として発表している大阪大学・牟田和恵教授の活動を毎日新聞が取り上げています」
「新世代によるフェミニズム 他の社会運動と連帯探る。フェミニズムとは関係ないヘイトスピーチや民族差別を無理やりこじつけてイベントを開いています。これはもう、「研究」ではなく「活動家支援」。科研費のあり方が問われます」

同(4月11日)
「学問の自由は尊重します。が、ねつ造はダメです。慰安婦問題は女性の人権問題ではありません。もちろん#MeTooではありません。我々の税金を反日活動に使われることに納得いかない」

 4月29日 法政大学の山口二郎教授が東京新聞のコラム欄で「科研費の闇などない」と反論を掲載しました。

「杉田水脈、櫻井よし子両氏など、安倍政権を支える政治家や言論人が、『反日学者に科研費を与えるな』というキャンペーンを張っている。(略)政権に批判的な学者の言論を威圧、抑圧することは学問の自由の否定である」

 同日、杉田氏はすぐさまツイッターにこの記事を貼り付け「身内に甘いのでしょうか?」と非難し、翌日も「私は科研費の事実(誰にいくら等)を示しているだけで、多い、少ない、無駄であるという判断は納税者の方がされればいいと思います。」と畳みかけます。

 すると、このやりとりをまるで待っていたかのように、産経新聞が次の見出しでネット記事を配信しました。

「科研費めぐり杉田水脈衆院議員らと山口二郎・法政大教授がバトル 6億円近い交付指摘に山口氏『根拠ない言いがかり』『学者の萎縮が狙い』」(5月3日)

 長文の記事は、両論併記を装いつつ、締め括りは杉田氏の側に肩を持つワザを見せます。

「ツイッター上では賛否両論が渦巻いているが、杉田氏の活動を非難する声がある一方、『理系より文系が優遇されすぎでは?』『領収書を公開して』などと科研費の選考過程や使い道など、内実が不透明に感じると指摘する声が多かった。(WEB編集チーム)」

 こうして国会議員という「権威」と「権力」を握っている杉田氏のTwitterに呼応して、ネットの周りの「声」が大きくなってゆきました。とはいえ、文字通り「指摘する声が多かった」のでしょうか。すばやく「CatNewsAgency」も加勢に入ります。山口教授の記事に対するツイートを連打、牟田教授についても具体的批判を強めてゆきます。

「CatNewsAgency」のツイッター(5月4日)
「科研費を使ったシンポジウムには、牟田和恵教授のように、活動家ばかりを集めたいい加減な事例もあるので、ちゃんと精査する必要があるでしょう。海外から大量に招聘して、ホテル代と飛行機代に散財した挙句、懇親会のような内容だったら堪りませんね」

 言うまでもありませんが、このツイートに記述された内容はどこにも事実が無いデマです。「活動家ばかり」という決めつけには何の論拠もありません。ところが、しだいに大阪大学に対し、抗議電話がかかってくるようになります。「電凸」と呼ばれる、いわゆる「ネトウヨ」が常套手段とする直接行動です。「なぜあんな女を教授にしているのか」、名前も名乗らず強い口調で絡んでくる電話が増え、応対する職員が疲弊してゆく姿に牟田さんは胸を痛めます。
 こうしたネット内に流れる書き込みに影響されたのか、牟田さんの講義の聴講生にも変化が現れました。「科研費を無駄使いしているというのは本当ですか」(4月13日)とコメントシートに書く学生まで現れたのです。

 

産経新聞記者と杉田水脈議員が結託?

 さらに大学に追い打ちをかけることになったのが、産経新聞の政治部記者による取材でした。5月、大阪大学に科研費に関する関係書類などの情報公開請求もなされたといいます。大学当局は法律に則り請求者を明かしていませんが、一連の流れから見て、当時取材してきた産経記者ではないか、と思われます。
 取材自体はもちろん正当な行為です。疑わしい、という段階で関係者に問い合わせるのも、開示請求するのも何ら問題ありません。しかし、この産経記者に対して回答した大学側のコメントが、産経の紙面には一切掲載されていないのです。にもかかわらず、5月に配信されたインターネットテレビ「言論テレビ」の中で、杉田議員が「大阪大学の関係者が、科研費は使われていませんと言っているんです」とこの大学側のコメントを突然出して解説し始めたのです。 
 杉田議員が直接、大学に問い合わせたのか? 牟田教授を通じて確認しましたが、そうした事実は見当たりません。7月に出版された杉田氏と小川栄太郎氏の対談本『民主主義の敵』(青林堂)で、杉田議員が自らソースを明かしました。産経新聞が得た情報を元に牟田さんの名前を挙げ、批判を展開しています。

大阪大学の牟田和恵教授を代表とする研究チームが、1755万円をもらっています。彼女は『慰安婦問題は#MeTooだ!』という動画をつくっていますが、ただ韓国ソウルの水曜デモを延々と流しているだけで、あの挺対協の尹美香代表のインタビューも含まれています。『産経新聞』が阪大に問い合わせたそうです。『これは何だ?』と。すると『それは科研費は使っていない』というんです。(『民主主義の敵』174頁)

 繰り返しますが、産経新聞はこの大学側のコメントを自社の紙面では一切、記事にしていないのです。
 産経記者による報道目的の取材が、記事にはならず情報だけ外部の政治家に漏らされる、つまり一人の自民党議員の政治目的のために新聞社の力が利用されているのだとしたら一体なぜでしょうか。このことを質したMBSの取材に対し、産経新聞社広報は「個別の事案には応えられない」と回答を避けました。
 後日談になりますが、放送後、広報担当者からどのように報じたかの問い合わせがあったため、「貴社に関することは、ご回答を含め一切番組では触れておりません」と伝えたところ、その担当者から「番組放送のご連絡をいただき、ありがとうございました。たいへん助かります。」とメールが返信されてきて、広報担当者がホッと胸をなでおろしたかのように読み取れる内容には首をかしげざるをえませんでした。
 杉田氏は対談本でも「反日」という言葉を繰り返し貼り付け、研究者のイメージを貶めることに熱心です。これは、学問への攻撃と言える、大きな問題です。

この件とは別ですが、彼女たちのシンポジウムのチラシを見ても、それが科研費で開催された疑いはぬぐいきれません。実際、そこにつながる反日集団の名前もあります。(『民主主義の敵』175頁)

 牟田さんは、さすが、科研費の審査委員もされる社会学者です。事態を冷静に分析して、こう述べていました。
「反日学者であるとか、匿名で誹謗の電話だとかメールだとかが相次いで。ターゲットにされてて言うのもなんですけど、この人たちはきっと気持ちがいいんだろうな。発言の端々をみてそう思いますね」
 とはいえ、あらゆる方向から次々に矢が飛んでくる状況に追い込まれ、一時期、体調を崩されたそうです。取材時にはそんなことはおくびにも出さず、杉田議員に対し、次のように釘を刺していました。
「研究者にとって自分の研究がねつ造であると言われるのはその研究者生命にかかわる非常に重大な誹謗中傷です。自分の発言に対する社会的責任というものを公人としてどう考えているんだろうか」
「科研費の使用に対して国会議員が、政治が、内容に干渉してくるということですね。それは、あってはならない。まさに戦前回帰になってしまうことだと思います。政権与党が気に入る方向でしか研究できないと、研究費が支給されないということになると、日本の社会科学、人文科学はいったいどうなってしまうのか」
 その後、牟田さんはじめ研究者4人が、杉田議員を相手にツイッターなどで誹謗中傷され名誉を傷つけられたとして合計約1100万円の損害賠償と謝罪文掲載などを求めて提訴しました。2019年2月の提訴当日に牟田さんたち研究者の記者会見をニュースで取り上げたテレビは、MBSだけです。新聞は全社が報じたと思いますが、テレビの反応が鈍いのはなぜでしょう、他局の撮影クルーもいたのに。裁判は京都地裁で現在も続いています。「杉田氏は一貫して説明責任を果たさず、逃げの姿勢を貫いている」と、牟田さん側の代理人弁護士は嘆いていました。

 2018年の番組取材時、東京の議員会館にある杉田氏の事務所にFAXを送信、科研費をテーマにインタビューしたいと申し入れ、何度も電話をかけて取材依頼しました。
 同年7月、月刊誌『新潮45』に杉田氏が寄稿した文章「『LGBT』支援の度が過ぎる」が炎上し、メディアの取材が殺到した直後だったせいか、電話口の秘書は困惑気味に「議員本人に聞いてみますが……」と慎重な口調で応対していました。
 杉田氏は『新潮45』で性的少数者について「LGBTのカップルのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子供を作らない、つまり生産性がないのです」などと差別意見を表明し、にもかかわらずこれを国会内で記者たちに追及されるとそこから逃げまわり、説明責任を一切果たさないまま時間が経過していました。私はあえて秘書に対し「LGBTに関することは今回触れません。科研費に絞って見解をお聞きしたい。国会で発言されておられた趣旨を踏まえ、ぜひ取材を受けてほしい」と強く要請しました。  
 ところが、3回目だったでしょうか、こちらの電話に対して秘書が、「取材をお断りしたい」と拒否の意向を伝えてきました。なぜですか?と食い下がると、その秘書は議員本人に打診したけれど、「『私は科研費に詳しくないのでインタビューは受けられない』と言っている」と説明したのです。さんざん国会で問題視しておきながら、その理由を耳にした時は、開いた口が塞がりませんでした。

 2018年6月時点で企画書を書きあげたのは、連載第2回に記したとおりです。その直後、法政大学へ取材を申し込みました。
 注目したのが、同大学キャリアデザイン学部の教授、労働学者の上西充子さんです。(つづく)

 

 

 第2回
第4回  
バッシング ~関西発ドキュメンタリーの現場から~

地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。昨年2月「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」でその作品『教育と愛国』が上映され、大きな反響を呼んだ毎日放送の斉加尚代ディレクターです。 同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。 さまざまなフェイクやデマについて、直接当事者にあてた取材でその虚実をあぶりだす手法は注目を浴び、その作品群はギャラクシー大賞を受賞し、番組の書籍化がなされるなど、高い評価を得ています。 本連載ではその代表作、『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景と記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。

プロフィール

斉加尚代(さいか・ひさよ)

1987年毎日放送入社。報道記者などを経て2015年からドキュメンタリー担当ディレクター。企画・担当した主な番組に、『映像'15 なぜペンをとるのか──沖縄の新聞記者たち』(2015年9月)、『映像'17 沖縄 さまよう木霊──基地反対運動の素顔』(2017年1月、平成29年民間放送連盟賞テレビ報道部門優秀賞ほか)、『映像'18バッシング──その発信源の背後に何が』(2018年12月)など。『映像'17教育と愛国──教科書でいま何が起きているのか』(2017年7月)は第55回ギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞。また個人として「放送ウーマン賞2018」を受賞。

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科研費をめぐる新聞記者と杉田水脈議員との不思議な関係