バッシング ~関西発ドキュメンタリーの現場から~ 第2回

「攻撃しろ」と扇動する人々と、それに「呼応する」人々

斉加尚代(さいか・ひさよ)

地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。毎日放送の斉加尚代ディレクターです。同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。

本連載ではその代表作『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景、そして記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。

 

保守系雑誌が科研費ランキングを掲載

 企画のアイデアはいつも思いがけない場面から生まれます。いよいよ本題です。『バッシング』の企画案が浮かんだ日のことを振り返ります。

 2018年6月6日、歌人で細胞生物学者の永田和宏さんから電話がかかってきました。亡き妻の河野裕子さんとの恋の歌でよく知られ、政治に対しても警鐘を鳴らし続けている永田さんを取材し、『映像18 記憶する歌~科学者が詠む三十一文字の世界』(2018年8月26日放送)を制作していた時のことでした。

 保守系論壇誌「正論7月号」に「反戦」学者を槍玉にあげるランキング記事が掲載されているというのですが、「斉加さん、そのトップを飾っているのがどうも僕らしい」と永田さん。

「えっ?」絶句した私は、続けて「その雑誌を私が買って確認してきます」と返しました。

 すぐにMBS本社に近い丸善ジュンク堂書店に走り、「正論7月号」の見出しを確かめて購入し、中の記事に目を通しました。カラー刷りの表紙の見出しは、次の通りです。

「あの反戦学者につぎ込まれる公金はいくら? 科研費ランキング 徹底調査」

 中に掲載された記事の見出しは、大文字で表記されていました。

「あの反戦学者の研究費に、いくら公金がつぎ込まれてる? 科研費ランキング」

 さらに見開き左ページ上のタイトルは、より中身が具体的です。

「『安保関連法に反対する学者の会』呼びかけ人科研費ランキング」

 そこには31人の学者の名前と肩書き、それぞれの科研費の額があげられています。そのランキング1位が永田さんでした。

 科研費というのは、人文・社会科学から自然科学まで全ての分野を対象に国が委託した複数の専門家が審査し、一定の基準を通過した研究に対して支給されるもので、学問への公的な支援制度です。

「永田先生 スキャンに手間取り、遅くなりました。正論の記事、内容は予想通り、こんな記事が政治家の間で読みまわされているのかと思うとぞっとします。お読みになったらすぐ忘れてください」

 記事を送信して30分もしないうちに永田さんから返信が届きました。

「ありがとうございました。いやはやと言う他はありませんね。しかし、トップに置かれてしまうのは気分のいいものではありません」

 さすがの永田さんも不安を感じられたのでしょう。「何かあれば、私が取材します」と、少しでも不安を軽くしていただきたいと、そうお声かけしました。

 ところが、不安は的中します。しばらくすると、この記事を盛んに活用する国会議員が現れました。徴用工や慰安婦問題などに関する研究を「反日プロパガンダ研究」と決めつけて国会の場で学者を槍玉にあげていた自民党衆院議員の杉田水脈氏、彼女が自身のツイッター(6月28日付)で、次のように拡散しました。

 

今更なのですが、現在販売中の正論の記事。とても興味深いです。「安保関連法に反対する学者の会」呼びかけ人科研費ランキングが載っています。1位の方はなんと9億円!このように調査される方が出てきてくださって本当に嬉しいです。砂畑涼さん、ありがとうございます!

 

 砂畑涼というのは、科研費ランキングの記事にあったジャーナリストの名前です。しかし、ネット検索しても、この記事以外に執筆した実績はまったくありません。つまり誰かが記事を書いて、その場限りの使い捨てペンネームを記したのです。国会議員にもお褒めいただけるような記事なのに、執筆者はなぜ実名で書かないのでしょうか。名前を隠すのは、なにかワケがあるのでしょうか。

 さらに杉田氏のツイッターは永田さんを名指しこそしないものの、記事の写真が添付されているため、フォローするネットユーザーらがすぐに学者名をつけて大量拡散する動きが広がりました。まるで「連携」を打ち合わせていたかのよう。

 こうして名指しされた学者たちは、ネット空間で「標的」のようにされてゆきます。当時、永田さんは、京都産業大学タンパク質動態研究所の所長で、そのラボに集まる院生の数も多く、1位にされた9億円という科研費は、10年の合計額。インタビューに対して次のように危機感を述べていました。

「びっくりしましたね。僕の場合、桁がふたつぐらい違うので。ああいう形で知らないうちに研究の自由度が狭くなっていくのは、怖いことだと思います」

『バッシング』の企画書を作成した日付を確認すると、6月12日、この「正論7月号」を買いに走った6日後、番組プロデューサーに「次々作の企画書です」とメールに添付して送っていました。この原案の書きなぐりは、その2日前、自分の中で完全に「アラート」が点滅していたことがわかります。

 学者に限らず、これまでにも沖縄の新聞記者やテレビ記者たちがネットで標的にされる実態を見ていただけに少し肩に力が入り、当初の企画タイトルは、直球勝負と言える大仰な言葉が並んでいました。

「『反日』攻撃~ジャーナリズムとアカデミズムは今」

 このタイトル、いま読むと気恥ずかしさを覚えます。ただ、企画意図の骨組みはすでにはっきりとイメージされ、次のようにまとめていました。

 

 今年5月、法政大学の田中優子総長が、研究者バッシングに反論するメッセージを発表した。反日活動に科学研究費(科研費)が使われている、税金の無駄遣いではないか、と法政大の学者たちを国会で追及する自民党議員が現れたのだ。田中総長は「研究者の政治的立場や考え方で研究費が線引きされれば、憲法で定められた学問の自由が脅かされる」と強く異議を唱えた。

 だが、議員らの動きに呼応するかのように、保守系の雑誌「正論」が「反戦学者につぎ込まれる科研費ランキング」という記事を掲載。「安保関連法に反対する学者の会」に名を連ねた学者の研究費を調べ上げ、その額を順番に掲載した。トップは細胞生物学者で歌人の永田和宏氏、ノーベル賞科学者の益川敏英氏の名前もある。その記事で最も「反日的」とされたのが、法政大の山口二郎教授だった。科研費を暴くぞ、という「圧力」ともとれる記事に、「まるで戦前」と懸念の声があがっている。(中略)

 いま学問とメディアはなぜバッシングの対象とされるのか。高度に経済成長を果たした社会で分断が深化した果てに、大衆自らが「自由から逃走」しようとする、そうドイツの社会心理学者、エーリッヒ・フロムは分析した。第二次世界大戦中のことである。いま現代版「自由からの逃走」が起きようとしているのだとしたら、その背後に目を向けなければ、逃走がやむことはないだろう。

 学問とメディアを「攻撃しろ」と扇動する人びととそれに「呼応する」人びと。その社会的事象を描き、何が背後にあるのかを探っていく。

 

 最後の段落は、実際に制作した番組『バッシング』のラストのナレーションとも重なるコメントです。企画時点でこのように書けたのは、永田さんの取材があったからこそ。

 そうは言っても、実際にこのテーマの取材対象をどのように絞り込んでゆけばよいのか、苦慮する日々が始まりました。

 

大揺れの大阪大学、牟田和恵教授のもとへ  

 アカデミズムへのバッシングを描くには、「反日」と非難されている学者たちの中の誰を取材すればよいのか……。2018年9月下旬、その迷いが吹っ切れたのは、いわゆる「ネトウヨ」たちの傾向に思いが至った時です。どの学者へ集中的に攻撃を仕掛けているか観察しつつ、ひとつの考えに行きつきました。女性学者への誹謗中傷に絞って取り上げるべきではないか、と。なぜなら、男性に比べ、女性を標的にした罵詈雑言のほうがネット空間では拡散スピードが速く、その量も格段に多いと感じていたからです。ネット空間は「ミソジニー」(女性に対する憎悪や蔑視の感情)が渦巻いていると言ってもいいでしょう。

 さっそく、いくつものアカウントから集中的に攻撃されていた大阪大学の牟田和恵教授にメールを送信しました。

 牟田さんは、性暴力やセクシュアルハラスメント研究の第一人者で、性被害におけるジェンダー研究の立場から日本軍の慰安婦問題にも関わっていました。私が牟田さんに送ったメールです。

 

アカデミズムへの不当なバッシング、中でも女性学者への誹謗中傷について、その正体や背景は何であるのかを探ってゆく取材をしたいと思っております。科研費の件で、牟田先生が政治圧力に晒されながらも、毅然とご対応されてらっしゃるご様子をネット上で拝見しておりました。ご多忙とは思いますが、まずはお話をお聞きさせていただきたく、お時間を頂戴したいと思います。

 

 撮影インタビューをする前の打ち合わせに相当する、よくある「事前取材」を申し込みました。こちらの趣旨説明をメールで済ませ、カメラマンを同行してインタビューをすぐに撮るケースもありますが、牟田さんの場合、連絡をとった時点ですでに裁判準備を始めていました。そのため、取材を受けるタイミングや放送後の影響を懸念されていることがわかり、入念な打ち合わせが必要だと判断したのです。

 10月1日、私は初めて牟田さんの研究室をひとりで訪ねました。大阪大学の吹田キャンパスは医学部附属病院と同じエリアにあります。大阪モノレールの「阪大病院前」駅から急な坂道をくだって人間科学部の研究棟へ向かいました。

 ここで、偶然とは面白いものだと感じる出来事がありました。牟田さんの研究室の前にたどり着くと、その隣の研究室から聞き覚えのある声が漏れてきます、あれ? 表札を見ると、よく知る辻大介准教授の部屋だったのです。辻さんはインターネット空間のデータ分析もされるコミュニケーション社会学の研究者で、2018年6月に出版した『フェイクと憎悪 歪むメディアと民主主義』(大月書店)において13人の共著者のひとりとしてご一緒しました。

 初対面の牟田さんに、辻さんと共同執筆した本があることなどを伝え、ドキュメンタリー番組の趣旨を説明してゆくと、警戒を解いてくださったのか、会話がスムーズに進んでいきます。

 そして、牟田さんが話してくださった一連のバッシングの中身は、予想を超える凄まじさでした。私は衝撃を受けます。

 発端はやはり、自民党衆議院議員、杉田水脈氏による国会質問でした。この取材時点からさらに遡る2月26日、衆院予算委員会分科会で科研費について触れ、その使われ方に問題がある、と次のように杉田氏は「告発」しました。

 

「今、慰安婦問題の次に徴用工の問題というのは非常に反日のプロパガンダとして世界に情報がばらかまれておりまして、そこのところに日本の科研費で研究が行われている研究の人たちが、その韓国の人たちと手を組んでやっている」

 

 アカデミズムの世界では、どの分野も国境を越えた共同研究が、当たり前に行われます。いったい何を根拠に「反日プロパガンダ」と決めつけているのでしょうか。この発言だけでも国会議員の資質を問われます。しかし、バッシングの呼び水となるように、国民が納得しない研究に税金を投じるのはおかしいと訴え、科研費に対する非難をエスカレートさせてゆきます。

 3月には政治ジャーナリストの櫻井よしこ氏が司会を務めるインターネット番組「言論テレビ」(3月6日付)に杉田議員が出演し、牟田さんの名前をフリップに掲げて、次のように解説しました。

 

「反日学者の科研費。この方は大阪大学のジェンダーのフェミニズムの教授の方なんですけど。この方がですね。ジェンダー平等社会の実現に資する研究と運動の架橋とネットワーキング。1755万円、さっきの額と比べれば、小さいかもしれないけれど、大きい額ですよ」

「慰安婦問題が解決しないのは右翼のせいだって。私たちの名前も(論文に)あるかもしれませんね(笑)」

 

 この杉田議員、2012年に日本維新の会から出馬し比例近畿ブロックで初当選。14年の総選挙では落選しましたが、その後、安倍首相(当時)が杉田氏を気に入り、櫻井氏の後押しもあって、17年の総選挙では選挙区からではなく、比例中国ブロックのみからの出馬という“厚遇”で当選、国会議員に返り咲きました。

 このころ、牟田さんをネット検索する中で、杉田議員に反応し牟田さんに集中砲火を浴びせる中心的役割を果たしていくのが、「CatNewsAgency」というツイッターアカウントだということに気づきました。

(つづく)

 

 第1回
第3回 
バッシング ~関西発ドキュメンタリーの現場から~

地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。昨年2月「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」でその作品『教育と愛国』が上映され、大きな反響を呼んだ毎日放送の斉加尚代ディレクターです。 同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。 さまざまなフェイクやデマについて、直接当事者にあてた取材でその虚実をあぶりだす手法は注目を浴び、その作品群はギャラクシー大賞を受賞し、番組の書籍化がなされるなど、高い評価を得ています。 本連載ではその代表作、『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景と記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。

プロフィール

斉加尚代(さいか・ひさよ)

1987年毎日放送入社。報道記者などを経て2015年からドキュメンタリー担当ディレクター。企画・担当した主な番組に、『映像'15 なぜペンをとるのか──沖縄の新聞記者たち』(2015年9月)、『映像'17 沖縄 さまよう木霊──基地反対運動の素顔』(2017年1月、平成29年民間放送連盟賞テレビ報道部門優秀賞ほか)、『映像'18バッシング──その発信源の背後に何が』(2018年12月)など。『映像'17教育と愛国──教科書でいま何が起きているのか』(2017年7月)は第55回ギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞。また個人として「放送ウーマン賞2018」を受賞。

 
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