バッシング ~関西発ドキュメンタリーの現場から~ 第5回

弁護士に懲戒請求を申し立てた人びと

斉加尚代(さいか・ひさよ)

地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。毎日放送の斉加尚代ディレクターです。同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。
本連載ではその代表作『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景、そして記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。

 

余命氏と杉田議員の著書を読み込む日々

 さっそく「余命三年時事日記」というブログの主宰者について、リサーチを開始しました。もうおわかりのように、「映像シリーズ」にリサーチを担当する人はひとりもいません。ディレクターが全て、リサーチから資料のコピー、取材依頼から写真使用の著作権申請手続き、さらには出張取材の宿泊やレンタカーの手配までなんでもかんでも自分でやります。他局の人から「リサーチャーが何人いるんですか…?」と聞かれた時は苦笑しました。「はい、ざっと10人はいます」と見栄を張って言ってやりたいと思ったことも。
 「余命三年時事日記」を取材すると決めて以降、「リサーチャーが一人でもいてくれたら」と幾度となく弱音を吐きそうになりました。2012年から始まるその「ブログ」を読んでいく作業と、ミラーサイトやカウンターアカウントなど「余命」に関わるネット上の情報が余りに大量にあり過ぎて、しかも駄文より酷いレベルの解読不能言語が雪崩れを打って押し寄せるような読み物なのです。内容はヘイトスピーチだったり、妄想や陰謀論だったり。目を通すだけでしだいに頭痛がして、どんどん消耗します。
 たとえば、キーワードのひとつは「外患誘致罪」。その罪を適用して死刑にすべき人間が日本に大勢いると唱えていました。外患誘致罪というのは、外国政府と手を組んで日本国家の存立を危うくする武力行使をさせた者を処罰するという罪で、適用されるのは、最高刑の「死刑」のみです。国家転覆を図るという物騒な犯罪の話ですが、全国各地の弁護士会に所属する弁護士をこの罪で告発するなんて荒唐無稽な「陰謀論」にすぎません。ちなみに、刑法に明記されているこの物騒な「外患誘致罪」は、明治に日本が近代国家となり刑法自体が誕生してから一度も適用された例はありません。戦時中もゼロです。
 これらに夢中になる人たちって、どんな人なのだろう。全く想像できませんでした。さらに書籍化されているので、その書籍も目を通さなければなりません。紀伊国屋書店梅田本店に行き、そのシリーズ本4冊を購入します。一冊の帯には、「Amazon総合1位」と冠がイラストされていました。ネットの予約販売で話題になったようでした。
 残念なことにいま、大手書店はどこへ行っても「ヘイト本」と呼ばれるものが溢れています。「余命」ブログを書籍にしていたのは再びの登場となる出版社「青林堂」。公式ツイッターで杉田水脈議員をフォローし、先述した科研費バッシングにも参画し、杉田議員以外にも多数の政治家の本を出しています。

 同じころ、その杉田議員が雑誌などに掲載した2014年以降の寄稿文を取り寄せ、インタビュー取材に備えて読んでいました。「反日」「売国」「左翼」といった言葉を乱発し、敵対勢力とみなす人々を叩き続けるのが、その政治手法だとわかります。それらの言葉は、標的にするための目印でしかありません。もっと言えば、トランプ前大統領が利用したのと同じ陰謀論です。
 杉田氏が出版した著書『なぜ私は左翼と戦うのか』(2017年・青林堂)の本の帯には「闘う女性、水脈をサヨクから守ろう!」というメッセージを送る百田尚樹氏の顔写真が大きく掲載されています。第一章は「地方自治体は共産党に支配されている!」。見出しからしてもう、でたらめな言説の垂れ流しです。けれど、みずからを正義に燃える保守政治家と見せかけるには都合がよいのでしょう。論理ではなく、虚飾に満ちたスローガンです。
 「左翼団体が日本には存在しない女性差別を捏造」「反日日本人の売国行為の闇は深い」「慰安婦問題とはつまり、国内の反日勢力によって捏造された問題とも言える」……。
 彼女は自身を取り巻く人たちを喜ばせようと、虚飾を振りまいているのではないでしょうか。2020年9月にも杉田議員は自民党本部であった会議の席で、女性への性犯罪に絡んで「女性はいくらでもウソをつける」と発言しました。その後いったん新聞記者の取材に対し「そういう発言はしていない」と否定しましたが、党内からも批判の声があがり、自身のブログで発言を認めました。
 「余命」と「杉田」氏、両者の著作を読み込む日々。それは意味不明の暴力を浴びるかのような精神的にもきつい作業でした。標的にされた当事者ではない私ですらダメージを受けるのです。差別や攻撃対象として狙われた当事者たちがこれら言葉の塊を目にしたら体調を崩すのではないかと痛切に感じます。そしてこの時、初めてそばに誰かスタッフがいて欲しいと心から願ったのでした。

 

佐々木亮弁護士に会いに行く

 弁護士たちに向けられてゆく憎悪にも似た感情は、余命ブログの中でひとつの物語として描かれていました。戦後の歴史にはずっと隠蔽されてきた実態があり、それがいま次々と明らかになっている、そして実のところ、日本弁護士連合会=日弁連は「在日韓国・朝鮮人の弁護士らによって支配されている」のだと。
 外国籍でも日本の司法試験に合格すれば弁護士になれます。日弁連で活躍する外国籍弁護士のケースがあるのは事実ですが、あくまでマイノリティの存在です。「支配している」というのは、荒唐無稽な作り話です。
 ところが北朝鮮が弾道ミサイルを発射するなどの軍事行動を受けて文部科学省が2016年、朝鮮学校がある28都道府県に向けて「朝鮮学校に係る補助金交付に関する留意点について(通知)」を出し、「公益性、教育進行上の効果等」の検討などを要請したことから、各自治体では補助金停止が広がります。
 この動きに対し、子どもの学習権を保護する観点から、日弁連が「補助金停止に反対する会長声明」を発表。この声明をきっかけに「在日韓国・朝鮮人が支配する」日弁連という歪んだ言説が拡散されていったようです。
 ブログ上には、日弁連会長をはじめ、役員を務める弁護士たちの名前が「懲戒請求先」としてずらりと挙げられました。2001年に設立された在日コリアン弁護士協会=LAZAKに所属するコリアン弁護士たちも名指しされました。この団体は、「在日コリアンにおける『法の支配』の実現は、他の民族的少数者ひいてはすべてのマイノリティの『法の支配』の実現をも目的とするものでなければならない」と設立趣意書に明記しているのですが、圧政を排して権力を法律で縛っておく「法の支配」という専門用語の意味をブログ主は理解できなかったらしく、「日本を支配しようとする」団体と決めつけ、糾弾していました。
 こうして次々と懲戒請求対象者リストがブログ上に作られていくのです。ところが、そこには日弁連の声明やルーツも何も関係のない弁護士たちも多く含まれました。氏名が3文字というだけでコリアンだとされたり、法律事務所のネーミングだけで判断されたのか、その事務所にいる弁護士全員に懲戒請求が届いたり、もう訳がわからない、と叫びたいぐらい根拠薄弱で全国各地の弁護士会を混乱させていました。
 私たちは、その中でもとく大量に書面が送りつけられていた東京弁護士会の佐々木亮弁護士のもとを訪ねます。JR有楽町駅の近くにその法律事務所はありました。
 2017年6月から懲戒処分を求める、見知らぬ人びとからの書面が次々と送られてきて、佐々木弁護士は困り果てていました。実際にファイルを見せてくださいとお願いすると、分厚い3冊のファイルをどさっと運んできてくれて、その懲戒請求の量の多さに圧倒されます。のべ3000件、繰り返し申し立てている人が相当数いて、1000人はいるだろうということでした。あきれた表情で佐々木弁護士は語ります。

「まずどさっと来て、開けたら懲戒請求書だと書いてあったので、誰に向けて懲戒を請求しているのかなと。自分だとは思わないですから。見てみたら自分の名前が書いてあるので、なんで自分が懲戒請求、こんなに沢山くるんだろうかと」

 懲戒請求は、弁護士に職業倫理や品位を失うような行為があったときに申し立てるものですが、裁判に近い手続きを踏むため、申し立てを受けた弁護士は書面などを作成しなくてはならなくなります。弁護士会は、弁護士を処分するかどうか調査、検討する必要に迫られます。弁護士の自治を守るため、重大な場合は、弁護士資格がはく奪される仕組みになっています。
 懲戒すべきとする理由には、朝鮮学校への補助金を支給するべきとする日弁連の声明に賛同し、その活動を進めることは、確信的犯罪行為にあたる、とありました。どの申し立てもすべて同じ文面です。

「知らない人たち、1000人ぐらいから悪意を向けられていて、場合によっては死刑にしてやれと思う人がかなりいる。イナゴみたいにわーっと」

 なぜ大量懲戒請求が広がったのか、佐々木亮弁護士への取材を契機に「何が起きているのか」を探ってゆくことにしました。それには、ふたつの側面からアプローチする取材が不可欠です。ブログ主宰者はいったい何者なのか、どのような意図で呼びかけて懲戒請求に至ったのか。主宰者本人に接触する取材は必須だと考えました。
 加えて、見ず知らずの弁護士に対して申し立てをした人びと、ブログに呼応した人のインタビューも必ず取らなければなりません。物事を立体的に描くには、おのおの立場の異なる当事者たちにも言い分を丁寧に聞いてゆく、それが取材の鉄則です。しかし、容易には進まないだろう、難しい取材になるだろうと予感しました。

 

懲戒請求を申し立てた人びとに直撃 

 まずは、少しでもリスクを減らすためのグッズの用意から始めます。前年放送の『沖縄 さまよう木霊』の経験を踏まえ、取材した相手が制作者の名前などをネット上に晒す可能性が考えられました。実際に余命三年時事日記のブログをチェックしていると、NHKのディレクターの実名や電話番号が次々公表されていました。接触したとたん、同じように名指しされる。心の準備をするほかありません。
 通常の名刺から携帯電話番号とメールアドレスを省いたシンプルなものを100枚作りました。さらに期間を限って使う携帯電話を用意してほしいと業務の担当者に頼んでみました。しかし携帯については「取材後に使えなくなったら困ります。いまは予備がありません」と断られました。いざとなれば、自分の携帯電話を使って接触するしかありません。
 「ふう~携帯も晒されるんか…」
 そう一瞬、暗い気持ちになりつつも、いや、会うことができれば、直接名刺を渡して話し込めばいいだけのこと、ひざを突き合わせてじっくり耳を傾けようと、あえて楽観的に展望したのです。余命ブログの主宰者が住んでいると見られる東京都内の集合住宅へ、南埜カメラマンと初めて足を踏み入れたのは、秋の気配も深まる、10月下旬のことです。
 ブログを主宰する男性に関する情報は、まずネット上でかき集めました。すると、2016年12月に小さな会社を設立していることがわかりました。社名は「生きがいクラブ」です。どのような業務内容を掲げる会社なのでしょうか、たいへん興味が湧きます。
 法人登記簿を入手し確認してみると、第一に「定年後における生きがいに関するアドバイス及びアンケート調査」と記されています。誰を対象にアンケートするのか、解釈に苦しみますが、どうも老後の生きがいを求める活動のようです。
 さらに「書籍、印刷物の企画制作及び出版並びに販売」も目的に書かれています。その登記簿に記されていた郊外の住所地は、築50年ほど経つ、深い緑に囲まれた大規模住宅でした。いくつもの棟から番地を探して歩いていくと、1階に高齢者用デイケアセンターが入居する建物に行きつきました。さらに郵便受けをのぞくと空き室が目立っています。高齢世帯が多く住んでいる様子です。
 私たちはエレベーターを利用しますが、手狭なため二手に分かれて目指すフロアへ。カメラマンは小さなデジカメを用意し、私とは相当距離をおいて灰色の古びた廊下の向こうの片隅にスタンバイ。いっぽうの私は、目に飛び込んでくる鮮やかなコバルトブルーのドアの前に立ち、その横にあるインターフォンを思い切って何度か鳴らしました。会ってじっくり話を聞いてみたい。こういう場面はたいてい取材意欲と好奇心が先に立ちます。
 最初に訪問した昼下がりは留守でした。その後、時間をおいて夜にも訪ねました。室内は空っぽのようです。水道か何か公共料金の請求書がドアに挟まったままでした。同じころ、ヘイトスピーチ問題を掘り下げる一人の新聞記者は、連日のように訪ねてはブルーのドアにあるポストに名刺を入れていたそうです。NHKのディレクターたちも同様に取材していたことが後にわかります。
 ブログ主宰者は、メディアを警戒して別の場所に身を隠していたのでした。
 大阪に拠点をもつ私たちは、番組予算も限られていて、ブログ主を訪問する東京出張ができる回数も制限されています。いくら待っても集合住宅のその部屋の窓には明かりが灯りません。その様子を遠目で確認し、恨めしく思います。近くのコンビニエンスストアや公園でも時間をつぶし、たびたび訪問しますが、すべて空振りです。
 いったん取材を断念して職場に戻り、次は大阪府内で懲戒請求を申し立てた人びとの自宅を数日かけて回ることにしました。相手がどんな人物かは一切わかりません。私が入手した住所地をもとに一軒一軒訪ねて「弁護士さんに懲戒請求したことはありますか?」と聞き続けます。
 コンビを組んでいた南埜カメラマンは、『バッシング』の取材場面で何度か「リスクを感じて怖かった」と放送後に話してくれました。そのひとつが、私が手当たり次第に懲戒請求者の家を訪ねる取材でした。カメラマンは、遠くでその様子を見守ります。
 確かに住所地のメモを手掛かりに家を探しだすのですが、古い文化住宅の2階であったり、奥まった細い路地に立つ長屋だったり、一人暮らしの住人が多いように思えました。「危ない人物」がドアを開けると怒鳴りつけてくるのではないか。取材者である私たちの、今から思えば偏見とも言えるようなイメージが膨らみました。
 しかし、現実はよりリアルです。可愛いらしい子供用自転車が玄関先に置かれている立派な一軒家。ここなら大丈夫だろうとインターフォン越しに話しかけた時、最も背筋がひんやりする思いをしたのです。インターフォン越しに対応した女性は、「なぜ家を訪ねてきたの?」「なぜ?」と奇妙な笑いを交えて問いただしてきた直後に突然激しく怒鳴りだし、朝日新聞やメディアの悪口をまくし立てたのです。仕方なくこちらは丁重に応対し「失礼しました」と急いで立ち去ったのですが、その時、2階のカーテンの隙間からじっと周囲をうかがい、睨みつけるような女性の姿が見えたとカメラマンが話すのです。なんとも後味が悪い取材になり、全員の気持ちが沈んでいました。
 取材を進めてゆくと懲戒請求をした人たちには、ふたつのパターンがあることが見えてきます。退職した会社の元同僚に頼まれて協力したという女性、一人暮らしでペットの犬を可愛がっているようでした。彼女は、こう述べます。

女性「弁護士さんが弁護士会の人、不正かなんか、知らんけど、そういうことしているみたい」
――不正があるという中身は?
女性「知らない。聞いてなかった」

 内容については詳しく知らず、誘われるがまま、署名と同じ感覚で名前と住所を書いたそうです。取材を続けると、深く考えず、軽い気持ちで懲戒請求してしまった、という人が少なくありませんでした。このように流されてしまった、という人のほうが多いかもしれません。
 もうひとつのパターンは、強固にブログを信じ込んだ人たちです。印象に残った80代の男性は、余命三年に5万円の寄付をし、交通費を自己負担して関東まで出向いて書類の詰め込み作業も手伝ったと話しました。
 1回目の訪問時、「あんたの会社も在日に乗っ取られている。あんたが知らんだけや!」と断言するのでたいへん驚き、再度、事情を聞きに訪問しました。
 「(ドンドン)ごめんください」、しばらくすると男性が玄関先に姿をみせます。
 この男性が歴史をどのように捉えているかが伝わってくる、2回目のやりとりの一部をここに記します。(つづく)

 第4回
第6回(最終回) 
バッシング ~関西発ドキュメンタリーの現場から~

地方局の報道記者ながら、「あの人の番組なら、全国ネットされたらぜひ観てみたい」と広く期待を担っているテレビドキュメンタリストがいます。昨年2月「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル」でその作品『教育と愛国』が上映され、大きな反響を呼んだ毎日放送の斉加尚代ディレクターです。 同局で制作された『沖縄 さまよう木霊』(2017)、『教育と愛国』(2017)、『バッシング』(2018)はいずれもそのクオリティと志の高さを表しています。 さまざまなフェイクやデマについて、直接当事者にあてた取材でその虚実をあぶりだす手法は注目を浴び、その作品群はギャラクシー大賞を受賞し、番組の書籍化がなされるなど、高い評価を得ています。 本連載ではその代表作、『バッシング』について取材の過程を綴りながら、この社会にフェイクやデマ、ヘイトがはびこる背景と記者が活動する中でSNSなどによって攻撃を受ける現状に迫っていきます。

プロフィール

斉加尚代(さいか・ひさよ)

1987年毎日放送入社。報道記者などを経て2015年からドキュメンタリー担当ディレクター。企画・担当した主な番組に、『映像'15 なぜペンをとるのか──沖縄の新聞記者たち』(2015年9月)、『映像'17 沖縄 さまよう木霊──基地反対運動の素顔』(2017年1月、平成29年民間放送連盟賞テレビ報道部門優秀賞ほか)、『映像'18バッシング──その発信源の背後に何が』(2018年12月)など。『映像'17教育と愛国──教科書でいま何が起きているのか』(2017年7月)は第55回ギャラクシー賞テレビ部門大賞を受賞。また個人として「放送ウーマン賞2018」を受賞。

 
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