【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第10回

ステイホーム~内の世界③~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる
黒田映李

「2、5月末に聴く、ドイツ事情 ~内から見る、外の世界~」

 

 

 ロックダウンの解かれたドイツでは、主に二つのグループが見られる。

 

 ウイルスを気にしている派

 気にすること自体がおかしいと思っている派。

 

 そして、“皆がつけるもの”という認識へと変わったドイツのマスク事情だが、まだまだ、その日常は大勢にとって目新しい。

 

 とある学校で配られたマスクはゴムがとても長いもので、装着すると上も下もガバガバする。とある市で子どもたちへと配られたマスクは、細くて何も隠れないと、保護者からクレームが出る。そんな中、日本人の作る顔にフィットするマスクは、ドイツに住む人々にとって、羨望の対象だという。

 

 使い捨てマスクは青色のものが多いけれど、それを装着しているのは医療関係者や事務の人が大半。一般的には手作りマスクが主流で、それらは仕立屋、古着・中古屋、村営の工芸センター、知的障碍者施設、図書館等で約10ユーロ、もしくは寄付を求める形で手に入れることができるという。

 

 

 

 新型コロナウイルス対策としてのロックダウンから、ドイツでは、4月後半から少しずつ、緩和の道を歩んできた。しかし5月23日、フランクフルトのバプテスト教会で100名以上の集団感染が起き、その3日後から再び、政府からの締め付けが増した。

 日本国領事館は現地に住む日本人へ向けて、各自治体の情報をメールで細やかに配信している。ドイツに暮らす日本人は方々でそれを受け取り、更新している。

 

 

 そこに生活する人々の日常は、どう変化しているのだろう。

 

 教育現場はどうだろうか。

 

 ドイツ・マンハイム近郊。友人の暮らす村では、5月5日より学年によって登校再開となった。再開は高校生の11、12、13年生が優先され、段階的に、4年生、5年生、6年生、10年生… ただし、1、2、3年生、7、8、9年生は5月末の現時点で未だ、一度も登校をしていない。(ドイツの小中高教育機関は13年制で考えられ、最終学年修了時に、一般的大学入学資格であるアビトゥーアを修得する。)

 

 登校を一週間続けたら、続く一週間はオンラインで授業を受ける。そうすることで一度に学校に滞在する児童生徒数を半分に減らす。椅子に座っている場合はマスクを外しても良い等、学校それぞれが独自のルールを設けている。“最低科目だけ行う”等、授業内容も学校や学年により異なっている。しかし皆に共通して伝えられていることには、“進級は無条件にできる”ことだという。

 

 5月末現在は、この状況下で学校に通わせたくないという家庭の自由も尊重されている。例えば、友人の友人には喘息持ちの兄弟がいて、自費で抗体検査をした所、陰性であった。この場合、夏まで学校に行く義務はないという。

 一方、登校している子供たちの為には、教師が児童生徒にルールを守らせることに必死な光景が広がっている。

 

 友人の子どもたちが通う学校の校長先生からは、休校中も週に3回程、お手紙が届いていたそうだ。先生方が面白い実験やパズルを提案し、校長先生がそれらをまとめて、「学校新聞」として紹介されているような内容だったという。

 また、休みの間も“医療従事者などの子供に関しては子守をする”と示され、8時から15時まで学校を開放。“医療従事者”の中には医者、看護婦、老人ホームのスタッフなどが含まれていた模様だけれど、友人によると、これらの匙加減も恐らくこの校長先生次第だったのだろうということだ。 

 

 

 習い事事情はどうだろうか。

 

 友人の子どもたちが通う空手教室は、ソーシャルディスタンスを守ることができれば、人数制限付きで再開可能とされた。しかし大体のクラブが学校の体育館を借りて行っている為、その場所の清掃規定に引っ掛かり、役場から使用許可が下りず、活動を行えていない。

 

 水泳は屋内であり、ソーシャルディスタンスが守れないということで再開されていない。音楽も、音楽学校ごとに事情が異なるが、教室にソーシャルディスタンス(1.5m)を設けて、プライベートレッスンは総じて再開することができている。しかし、友人宅はオンラインを貫くことを選択している。

 

 

 友人家族には最近、老人ホームにヴァイオリンを持って訪れて、15分ほど演奏するという出来事があったそうだ。

 利用者の方々に外に出てきていただいての、ミニ野外コンサート。晴れの予報日を確認して、予め施設と一緒に決めた日程だったそうだ。コロナで楽しみが減っていている中でとても喜んでいただき、子どもたちはお礼にと、大きなチョコレートボックスを頂いたという。

 

 ドイツのHof(庭)は総じて広く自然に溢れていて、木々が茂り鳥やリスが駆けている。私の通ったドイツの音楽大学は当時、老人施設が併設してあった。おじいちゃんおばあちゃんに交じって食事をするカフェテリアの雰囲気は明るくて、テラス席も多くあり、色んな国籍・世代が混じっての食事空間。異国で心和む場所の一つだった。

 

 久しぶりの小さな音楽家との触れ合いと音楽に場がきらきらと華やいだであろう映像が、そんな記憶と溶け合いながら、生き生きと想像できる。

 自粛後の心構えを知ろうとお話を伺った一時に、こんな音楽活動再開の形も素敵だなと、少しの希望を抱かせてもらった。

 

 (6月23日。集団感染が確認されたドイツ西部で、ロックダウンが再導入された。30日まで続く予定の都市封鎖は、段階的に緩和されて以来初の再導入となるそうだ。)

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 第9回
【短期連載】ある音楽家の

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

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