【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第2回

ステイホーム ~内と外の世界の繋がり~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる

黒田映李
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「2、鱒の寿司と、トイレットペーパー塔」

「届いた? お昼ご飯に間にあわなかったね?」

 桜花賞の前日、両面鱒の鮨を送ってくださった。いつもファミリーの様に温かく接して下さり、音楽活動を見守ってくださる馬主さんご一家。本来ならば、桜花賞に出走するお馬さんの応援に、皆で現地へ行く予定だった。しかしこれも例外とはならず、コロナウイルスの影響でキャンセルとなってしまった。

 競馬の世界は、2月末に無観客開催となった。3月、馬主さんも会場へ入ることができなくなり、4月に入ってジョッキー、競走馬の移動も制限された。最大限の感染拡大防止対策が張られた中、毎週末のレースは続けられている。

 選ばれた3歳馬のみが出走を許される、クラシックシリーズの初戦、“桜花賞“。皆で大阪へ出発予定だった日に合わせて、各自宅へ届けてくださった、鱒の鮨だった。

 

 出走するお馬さんのお名前がついた日本酒と、サクラ色にふんわり包まれた、鱒の鮨。色彩を愛でて香りを楽しみ、ジューシーな身を味わう。そして何故か緊張感が高まり、正座をして、お祈りをして、ラジオに集中する。ここ10年ほど、自宅にテレビは置いていない。

「出走ゲート付近には、サクラが咲いています。」

 実況アナウンサーは、競馬場の風景を伝えるアナウンスも怠らない。受け取った言葉を想像に描き映し変え、その情景に、音に、レースに興じる。着順が確定すると、各々のステイホーム基地から、安堵と健闘をたたえるメッセージがオンライン上で飛び交う。集えなくても集った連帯感は、そこにある。

 

 香川には、ホストファミリーがいる。数年前に国際コンクールに出場した際、ご縁を頂いたご家庭のお母様は、いつも心配をして連絡をくださる。関東のコロナウイルス感染事情は初期からたいそう気にかけて下さり、まずはお米を送ってくださった。続けて、地元で評判のフランス料理屋さんの冷凍メニューを沢山。そして、潤沢にありますというニュースとは裏腹に、なかなか店頭で出会えなかったトイレットペーパーも送ってくださった。

 家のストックが残り2ロールとなった日。友人達にも、買えない事実をふいに嘆いてしまっていた。数日後、トイレットペーパー入りの宅急便が2箱、香川からのものと合わせると計3箱、家に届いた。おかげ様で現在、トイレにはトイレットペーパー塔がそびえ立っている。私にとっては何よりも尊く、大きな塔だ。

「いくつあっても困らないものだから。」「あれば外にでなくて済むでしょう。」

 決して買い占めたわけではない。そんなつもりもなかった。ただ、互いに心配をしあい声をかけあえる繋がりに、今日ほど感謝することはない。

 

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【短期連載】ある音楽家の

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

 
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