【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第2回

ステイホーム ~内と外の世界の繋がり~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる

黒田映李
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新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の歓心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。

地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

 

「1、オンラインレッスン」

 ウェブ会議、テレワーク、リモートワーク。それらが音楽においても可能なのか、オーケストラ団体が自粛初期に可能性を示してくれた。テンポと拍を共通項に、それぞれの楽器奏者が自らのパートを自宅で演奏、録画し、制作者がデータを合わせて一つの作品とする。自宅にいるメンバーの音がぽつぽつと集結しての音楽創りが、可能であるというストーリー。動画の編集も素晴らしく、感動と共に多くの人々の元へ届けられた。その後、デュオ、トリオ規模の室内楽にも音楽家達が取り組むようになり、今は、オンライン上に選べるほど上がっている。

 

 では、レッスンにおいてはどうなのか。

 演奏家は演奏することがメインとして見られる位置づけにあるが、その多くが後進の指導にも当たっている。

「リストも、ベートーヴェンも行っていたことだからね!」。

 ドイツ時代に師事したピアニストは、教えることの重要性をよく語ってくださっていた。

 演奏配信と並び、レッスンをどう継続するか… 様々なアイデアと共に目下、音楽家のトピックに頻繁に上がってきている。

「ピアノも休止になってしまうと、もうどうすればよいか分からないです。」

学校が休校になって以来、子どもたちのエネルギーはあり余り、どこにどうぶつけていいか日々悩んでいるという声が聞こえてくる。外に出ることも控えたく、家でとにかく練習を積み過ごしている生徒さんもいて、こちらとしても、「対面レッスンができなければ休業です!」という形は、選択しきれなかった。

「オンラインレッスン」は、演奏はライブが絶対だと思う私の信条には反している。音の質、空間への共鳴、音の伸びが途絶える最後まで耳で追えなければ、“ちゃんとしたレッスン”は不可能だという気持ちも、長く引っかかっていた。

 そんな中、オーストリアに住む友人から明るい声が聞こえてきた。

「移動時間も取られないし、お家時間を快適に過ごしているよ。私にはこのスタイルが合っているみたい。こちらの音楽学校はみんな、早い段階からオンラインレッスンに切り替えたよ。」

 指導者として違った角度から気付ける面もあるという声も、背中をもう一つ押してくれた。

 音が一番クリアに聴こえるアプリを探して、希望生徒に向けて、オンラインレッスンをスタートすることとなった。

 

 オンライン授業やテレワーク放送をされている世界からは、ハプニングも聞こえてくる。「教授がズボンをはいていなかった」「同居人が乱入してきた」「ペットが画面を封鎖する」。

 

 …画面を通じて繋がる先の世界へ、久しぶりにお洋服を選び、ピアスをつける。丁寧に、おしゃべりをする。気持ちを引き締めて、意図的に諸々へ意識を向けることを忘れないようにする。オンラインで繋がることには、その必要性が大きくある。

 iPadのカメラは、ピアノの鍵盤の横、少し高い所に譜面台で設置する。指元がクリアに映るカメラワークで行っていると、こちらが模範演奏をする際、生徒さんは画面をよく見ようとカメラぎりぎりまで近づいてくる。知らない間にズームアップされ、画面いっぱいに映る生徒さんの顔と真剣な眼差し。弾いて見せつつ、ふと気付いて目を配った先にあるその光景は、微笑ましい。一方、画面越しに見られているという意識を持続することは難しいようで、途中から躊躇なく欠伸をする小さな生徒さんも出てくる。

 予防策としては、緊張感の推移を見守り、声掛けを工夫する。音質が不完全な部分は、生徒さんの弾く姿勢と聴こえる音を元に、想像力を膨らませて多角的に補う。

 今ここで行っていることが確かかどうかは、対面レッスンに戻った時、実際の音を聴いて受け取る誤差から判断できると考えている。

 

 弾くことにも、話すことにおける単語と単語の間、句読点や段落なるものが存在して、音と音の間、スラーの切れ目、休符があり、更にフレージング、イントネーションがある。

 生徒さんへのおしゃべりを確実にこなす必要のあるこの形態では、音楽との向きあい方、紡ぎ方・組み立て方、作品の背景など、ピアノを弾くことの本質的な部分がより伝えられる貴重な機会なのではないかと、感じている。

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新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

 
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