【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第4回

ステイホーム ~内と外の世界の繋がり~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる
黒田映李

 

「6、オンライン帰省」

 ツイッターが賑わっている。

「三年前に天国へいってしまった飼い犬に会えた」

「数ヶ月前に他界したおじいちゃんが農作業をしている」

 グーグルストリートビューで過去を遡り、画像を通じて再会できるというものだ。

 初めて渡欧した10数年前。ヨーロッパではカラ―携帯も普及が進んでおらず、インターネットも制限付きで重たいものだった。サービス番号を選んで国際電話をかけると通話料が安くなるというシステムがあり、それを利用して日本へ電話をかけることは多くあったが、ノイズも多く、距離感は拭えなかった。

 それから、オンライン通話の世界が急速に進化した。スカイプ、そして今はLINEを筆頭に、面と向かって会話をしているような感覚を得られる媒体が誕生している。手持ちのスマートフォンを介して、すぐそこに相手を感じて交流すること。顔と顔が繋がることは、もう難しくない。

 それらを使った日常での繋がりを飛び越して、「オンライン帰省」はどうやら、時空を超えた「過去への帰省」も指すもののように読み取れる。

 このエッセイを綴りつつ、文章に合わせて写真を選ぶこと。私にとってはこの過程も、「記憶の帰省」を意味する時間となっている。ドイツ、オーストリア、イタリア、スペイン、フランス、そして日本。これまでの人生でのスナップショットはそれなりに量があるはずだけど、外付けハードディスクの中にすっぽり納まっている。そんな中出てきてしまったのは、数年前に旅立った実家の犬の写真フォルダ。唯一、マウスをクリックする指の力も弱弱しく、でも開けてしまい、時が止まってしまった。

「お洗濯?」ホワイトペキニーズのチロルはこのワードが聴こえるとしっぽを振って、階段を駆け上がり付いて来た。程よく陽のあたる、屋上のコンクリート地面。こちらが洗濯物を干している隣で、のっぺりと体を伸ばして、まどろむ。花壇に咲く花の匂いを嗅ぎ、亀と戯れる。花火大会の折は抱っこしてフェンス越しに立ち、その光と振動を一緒に楽しんだ。彼女が旅立った時、そこにはポピーが咲いた。

 ビーグルのサラはわんぱくで、屋上のヘリを何周も走った。時にその角に座り込み、鯱鉾スタイルを決めこんで、下界を見下ろす。

「お宅のワンちゃんが危ない!」通りからその姿を見つけた方から電話を頂いてしまったことも、あった。

 屋上のベランダから直通の弟の部屋では、時に弟が呼び込み、二人水入らずの仲良し時間を過ごしていたようだ。サラは、弟のことが好きだった。

 

 “二匹に会えるかもしれない!”

 自らの「オンライン帰省」アンテナはまず、実家の屋上へ向けられた。そして試したグーグルストリートビューは私には操作が難しくて、再会は未だ叶っていないが、その中で、咄嗟にペットとの再会が浮かんだことは、両親が今も元気で実家に暮らしていてくれることへの安心感だとしみじみ考え始めた。 

 ウイルスの影響を初期から受けながらも、今日も院を開け診療を継続している、歯科医師の父。音楽療法士である母の仕事は今はストップしているが、お年寄りを前にセッションすることが続いていたついこの間まで、もし自分が感染していたら…と、緊張と心労が絶えなかったようだ。

 自らも公演が飛び、一月以来、帰省が叶っていない。弟も、なかなか帰れていない。

 ゴールデンウィークを前に、実家へお酒を贈ろうと思う。

 

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【短期連載】ある音楽家の

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

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