【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第5回

ステイホーム ~外の世界~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる
黒田映李

新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の歓心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。

地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

 

~ミニ・プロローグ~

 3月に予定されていた道後・春祭りの中でのソロコンサートは、新型コロナウイルス感染拡大防止を鑑みて中止となった。コンサートに際し関東から来て下さる予定だった方々に故郷を案内することも、叶わなかった。2014年より“まちづくりコンサート”を企画からご一緒させていただいている“道後”。日頃お世話になっている方々のいる観光地も今、このウイルスの影響下にある。

 一方、イランラインの消毒液をくださったお姉さんは、“自由が丘”で路面店を営まれている。この街では現況下、働く人々と訪れる人々の間に矛盾の影が落ち、お姉さんの中には今、強いメッセージが生まれている。

 

「1、地域の現状 “道後”」

 愛媛県松山市は道後にある、創業明治19年のお酒屋さん。“山澤商店”の山澤さんが、「これは異常事態です」と、知らせてくださった。

 

 全国への一斉緊急事態宣言が発令されたことを受けて、道後温泉本館は4月18日から、5月6日まで臨時休館となった。(その後の発表で、6月18日までの臨時休館を発表されている)姉妹湯である椿の湯は営業を続けるものの、「不要不急の来館はご遠慮ください」とアナウンスされている。公衆浴場法で保健衛生上必要な施設とされており、また、身体障がい者の入浴施設も併設されている関係で、温泉の中でも唯一、開館維持という形を取られるそうだ。

 日本最古の温泉。そこに連なり建つ、道後の旅館。4月の売り上げ予測は容赦なく、90%減だという。ある旅館の経営者さんは従業員の生活維持を思い、政府からの給付金があった場合は即対応ができるよう、2月から準備を進めていた。自粛初期は従業員の免許取得(調理師・バス)を奨励する形も取っていたが、状況が変わってしまった今は、とにかく、維持をすること。いつこの状況が明けるか分からないけれど、その時まで保ち続けると語ってくださった。数日経った今、休館を発表されている。

 

 松山市内の福祉施設に通う障がい者や、高齢者らの作品を展示する「ひみつジャナイギャラリー」。「道後アート」の一環として行われていて、前出の山澤商店さんの倉庫は、そのストックギャラリーと化し人気を集めている。

 倉庫の入り口。シャッターをぴったり閉じると、クレパス画によって命を吹き込まれたパンダとうつぼが一面に現れる。山澤さんの一番のお気に入り、配達用の軽トラック。こちらもシャッターと同様、沖野あゆみさんによるラッピングアートで、青空と夕焼け空と緑の大地が前面にあり、白鷺、酒蔵、稲穂、とっくりとお猪口、酒樽が側面に散りばめられている。

 他にも沢山の方々による作品が倉庫を彩ってあり、音楽家の肖像画を一堂に会して描いたもの、道後温泉の模写、立体作品と、倉庫から溢れんばかりの芸術と生命力を放っている。その中に並んで暮しているのは、山澤さんご家族が飼育されているカメ。緑色の虫籠にどっしりと居を構えている。

 自粛下に入ってからは、消毒に使えるアルコールを見つけ、医療福祉現場へ届ける。そして、酒蔵を持つお酒屋さんに、消毒に使えるアルコールを製造できないか呼びかけをされ、それには現行の許可・免許制度が憚り難しいという現状を知ったことを、まず伺った。その数日後、大手が消毒薬制作に取り組むこととなったそうで、一転して出番はすっかりなくなったとおっしゃっている。飲食店のテイクアウト業と組んで配達するお酒屋さんも他地域には出てきているが、そもそも不要不急の移動が自粛されている中で難しい。ストックギャラリーの「感想ノート」は、山澤さんのお子さんたちの落書き帳と化していると、語られた。

 

 道後温泉本館が映るYouTubeライブカメラの画面に、お客さんはいない。「人出は見込めない」という。

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新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

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