【短期連載】ある音楽家の "ステイホーム" 第4回

ステイホーム ~内と外の世界の繋がり~

「弾き籠る」生活の日常と非日常に思いを馳せる

黒田映李
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新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の歓心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。

地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

 

「5、“集い”。 高知のお野菜」

 お蕎麦ランチの余韻が冷めやらぬ夕刻。今度は高知から、箱いっぱいのお野菜が届いた。

 キャベツに茄子、トマトにインゲン、スナップエンドウ。ホウレンソウと小松菜は高知新聞にくるまれて入っていて、その下から覗く小夏とレモン、ミョウガの袋詰め。それらを探して一つ一つ手に取るだけで、幸せをもらう。真っ赤なトマトとビビットイエローの小夏で迷い、小夏をチョイスして一つ摘まみ、口に運んでみる。幼い頃に嗅いだ、高知のお陽様の匂い。口から鼻にふんわり抜けた。

 

 愛媛から高知へのドライブは当時、長時間、山道を揺られた。酔わないようにひたすらに眠って過ごし、起こされてドアを開ける頃には、いつもと違う土地の匂いが広がる。外の空気を吸い込むと、自然が香り立って体中を巡り、一瞬で目が覚めるようだった。

 高知の朝市(日曜市)で出会うテントのおじちゃんおばちゃんたちは、味見の機会を沢山くれる。そこで頂いたお野菜や果物のみずみずしさは、味覚に、五感に、「真に美味しい!」を働きかけてくる。徳谷トマトはもちろん甘い。でも、そこで売られている普通のトマトも、充分に甘い。地元の方々がそこでお買い物をされる様子を見ると、毎日こんな生鮮食材を食べて過ごすのかと、未知の暮らしを想像した。

 とある時に、もう一か所行ってみようと訪ねた、西島園芸団地。ジューシーな完熟メロンと凝縮された味濃く大きなイチゴが、制限なしにどこまでも食べられる。こんな場所が世の中に存在していいものか…、身も心もとことん満たされた記念に求めたイチゴのキーホルダーは、未だ、実家の自室に飾られている。

 今は自動車道が整備され少し便が良くなったが、小さな頃は家族で、下道を駆使して日帰りした四国各地への道中。渓谷を見つけては立ちより川遊びをしたり、桜が満開の山道を歩いたり、珍しいお花や虫に出会ったり。それが当たり前にあったあの時の日常は、時を経て住む場所が変わる度に、そこではそれは幻に感じるほど、自然に溢れた体験だったように思う。

 東京出身で、今はウィーンで研究を続ける歴史学者の友人がいる。一度愛媛に遊びに訪ねてくれた際、母がドライブへ誘った道中。「すぐ、山だ!」。海も然りに、唐突に出現する感じを受けたと話してくれたことがある。街の中だと思っていた場所からそれほど時間をかけず、気付けば山道や海沿いを走っている。そして、「愛媛はとにかく鯛だから!」という地元人の声からは、四国の中、また、きっと1つの県の中でも、それぞれのアイデンティティが独立して強くある土地なのかなと印象を受けたそうで、“ごもっとも”と頷いてしまう私に出会った。

 

 まな板の上で包丁を落とすと、その切れ味と音と、切り口の生命力に驚く。そのまま食べても、焼いても煮ても揚げても、その物の味がする、“高知のお野菜”。

 今ここでは非日常で、仄かに懐かしさをもらう、野菜に彩られる時間。ホストマザーが届けてくださった箱いっぱいの幸せに、しばらく浸ることができる。

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新型コロナウイルスが猛威を振るうなか、その最初期から影響を被った職業のひとつが、芸術を生業とする人たちであった。音楽、絵画、演劇……。あらゆる創作活動は極めて個人的な営みである一方で、大衆の関心を獲得することができぬ限りは生活の糧として成立し得ない。そんな根源的とも言える「矛盾」が今、コロナ禍によって白日の下に晒されている。地域密着を旨とし、独自の音楽活動を続けてきたあるピアニストもまた、この「非日常」と向き合っている。実践の日々を綴った短期連載。

プロフィール

黒田映李

愛媛県、松山市に生まれる。

愛媛県立松山東高等学校、桐朋学園大学音楽学部演奏学科ピアノ科を卒業後、渡独。ヴォルフガング・マンツ教授の下、2006年・ニュルンベルク音楽大学を首席で卒業、続いてマイスターディプロムを取得する。その後オーストリアへ渡り更なる研鑽を積み、2014年帰国。

現在は関東を拠点に、ソロの他、NHK交響楽団、読売交響楽団メンバーとの室内楽、ピアニスト・高雄有希氏とのピアノデュオ等、国内外で演奏活動を行っている。

2018年、東京文化会館にてソロリサイタルを開催。2019年よりサロンコンサートシリーズを始め、いずれも好評を博す。

故郷のまちづくり・教育に音楽で携わる活動を継続的に行っている。

日本最古の温泉がある「道後」では、一遍上人生誕地・宝厳寺にて「再建チャリティーコンサート」、「落慶記念コンサート」、子規記念博物館にて「正岡子規・夏目漱石・柳原極堂・生誕150周年」、「明治維新から150年」等、各テーマを元に、地域の方々と作り上げる企画・公演を重ねている。 

2019年秋より、愛媛・伊予観光大使。また、愛媛新聞・コラム「四季録」、土曜日の執筆を半年間担当する。

これまでにピアノを上田和子、大空佳穂里、川島伸達、山本光世、ヴォルフガング・マンツ、ゴットフリード・へメッツベルガー、クリストファー・ヒンターフ―バ―、ミラーナ・チェルニャフスカ各氏に師事。室内楽を山口裕之、藤井一興、マリアレナ・フェルナンデス、テレーザ・レオポルト各氏、歌曲伴奏をシュテファン・マティアス・ラ―デマン氏に師事。

2009-2010ロータリー国際親善奨学生、よんでん海外留学奨学生。

ホームページ http://erikuroda.com

 

 

 
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