【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第一回

官製ヘイトはいまにはじまった話ではない 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く①

前川喜平 × 青木理
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • Clip to Evernote

朝鮮学校に関しては日本政府が戦後一貫して差別をしつづけてきた

 

――「官製ヘイト」という言葉を最初に発したのは前川さんだそうですね。

前川 もしかすると誰かが先に使っているかもしれませんが、私が誰かの言葉を見たり聞いたりして引用したわけではなく、勝手にそう言いはじめたのは間違いありません。実際に官製ヘイトを心から嘆かわしいと感じていて、私はそれを朝鮮学校の問題に関して使ったんですね。

――朝鮮学校の問題ですか。

前川 ええ。要するに、朝鮮学校に関しては日本政府が戦後一貫して差別をしつづけてきた。いまになってはじまった話ではないんです。それを安倍政権と安倍政権にまつわる人びとが極度に悪化させている。

――そのあたりを、文科行政に直接携わった立場から、もう少し詳しく聞かせてください。まずは戦後一貫しているという差別構造ですが。

前川 まずは先の戦争が終わり、各地で朝鮮学校ができました。しかし日本政府は、当時のGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の意向などもあり、在日朝鮮人が民族教育をすると共産主義革命につながるんじゃないかと危険視した。当時はまだサンフランシスコ講和条約(1952年4月発効)以前の段階で、在日朝鮮人も日本国籍を持っていましたから、「お前らは日本人なんだから日本の学校に行け」ということで、朝鮮学校の閉鎖命令を出したんです。これに対し、抵抗する運動が各地で起きました。代表的なのは阪神教育闘争といわれるものです。

――ええ、1948年に文部省(当時)が民族学校閉鎖を命じたことに抵抗運動が起きましたが、大阪や兵庫での運動は特に大きな広がりを見せ、大阪府庁や兵庫県庁には数万の群衆が押し寄せたと記録されています。最終的には米軍と日本の警官隊によって鎮圧されてしまいますが、GHQによる戦後唯一の非常事態宣言が発せられたことでも知られています。

前川 それで次に何が起きたかというと、日本の小中学校の中に民族学級などができました。これがまたひどい話なんですが、サンフランシスコ講和条約が締結されたら在日朝鮮人たちは日本国籍を失ってしまい、今度は「日本人じゃないんだから出て行け」「民族学級なんてものは要らない」ということでどんどん潰されていって。いまでも関西では一部残っていますが、あくまでも「課外授業」という扱いなんです。結局は公立学校から追い出されてしまったわけですから、在日の人たちがまた朝鮮学校を作るしかなかったわけです。しかし、日本政府はそれを学校として認めてはいかん、各種学校としても認めてはいかんと……。

――各種学校としても断じて認めないと。

前川 そうです。1953(昭和28)年に京都府が朝鮮学校を各種学校として許可した例があるようですが、文部省はそういう動きを抑えようとしました。いまでも文部科学省は、朝鮮学校を各種学校としても認めないという公式スタンスを変えていません。日韓基本条約を結んだ際には通知も出しています。

――1965(昭和40)年に日韓両国が国交を正常化した際のことですね。

前川 ええ。日韓基本条約を結んだ際に文部省が通知を出していて、その中に朝鮮学校を1条学校、つまりは学校教育法第1条に定める公的な学校としてはもちろん、各種学校としても認めることはできないと明記してあるんです。一方、文部省の意向に反して各種学校の認可をしたのが東京都でした。当時の美濃部亮吉知事が小平(東京都小平市)にある朝鮮大学校を各種学校として認め、これが嚆矢となって他の府県でも続々と朝鮮学校が各種学校として認められるようになったんです。

――美濃部都政は1967年から1979年までの3期12年。東京を皮切りに各地の自治体が各種学校として認めたのに、文部省のスタンスは当時とまったく変わっていないと。

前川 変わっていません。少なくとも、かつての通知から50年以上、新たな通知を出し直してはいませんから、各種学校としても認められないというスタンスが形式的には生きています。ただ、実際は文科省も黙認してきたわけです。認可を撤回しろとまでは言っていませんから。

次ページ  政治状況と無理解が阻んだ朝鮮学校無償化
1 2 3 4
第二回 
【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ

近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

前川喜平 × 青木理

 

前川喜平(まえかわ・きへい)
1955年奈良県生まれ。元文部科学事務次官。2017年に退官。著書に『面従腹背』(毎日新聞出版)、共著に『ハッキリ言わせていただきます!黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』(谷口真由美氏との共著/集英社)、『これからの日本、これからの教育』(寺脇研氏との共著/ちくま新書)、『同調圧力』(望月衣塑子氏、マーティン・ファクラー氏との共著/角川新書)等多数。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

官製ヘイトはいまにはじまった話ではない 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く①