教育勅語、国体思想には他民族排除の思想がビルトインされている 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く②
近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。
同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。
これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。
撮影(前川喜平氏)=宅間國博
第二回 教育勅語、国体思想には他民族排除の思想がビルトインされている 元文部科学事務次官・前川喜平氏に訊く②
映画『ちびまる子ちゃん』のキャッチコピー、
「友達に国境はな~い!」に噛みついた右派議員
――現在の自由民主党内にはびこる右派議員ですが、相当に質が劣化してしまっていますね。なのに、そういう連中が現実に教育行政、文部科学省などに大きな影響力を持ち、実際に影響力の行使をためらいません。具体的な例を挙げていけばキリはないのですが、『ちびまる子ちゃん』に噛みついた議員までいました。
前川 ああ、赤池誠章参院議員ですか。あれは確か2015年のことです。私の記憶では、赤池議員は大臣政務官に就いていたんじゃなかったでしょうか。
――はい。調べてみると、確かに当時は文科大臣政務官です。
前川 大臣政務官といっても、現実にはさほどの力などないんです。それでも大臣政務官が騒げば、役所としてもなんとかなだめなくちゃと考えるわけで……。
――しかも、その騒いだ内容が空前絶後にバカバカしい(笑)。文科省が「国際教育に対する理解・普及を図る」という名目で東宝とタイアップしていたアニメ映画『ちびまる子ちゃん』に難癖をつけて……。
前川 ええ。映画とタイアップして政策を宣伝しようという手法自体、私自身はあまりいいことだとは思わないのですが、この『ちびまる子ちゃん』のアニメは「イタリアから来た少年」という副題がついていて、ポスターなどに「友達に国境はな~い!」と書かれていた。これに噛みついたんです(笑)。「友達にだって国境はあるんだ」とか、「国際社会は国と国とのぶつかり合いなんだ」とか、極めて国家主義的というか……。
――国家主義的という以前に、けた外れの妄想というか、頭がどうかしているとしか思えません。当時の報道によれば、赤池議員は自らのブログに「国家意識なき教育行政」によって「日本という国家はなくなってしまう」と記し、文科省の担当者に「猛省」を促したと綴っています。
前川 ええ、本当におかしいんですよ、あの人は。
――しかも退官後の前川さんが名古屋市の中学校で授業した際も文科省に圧力をかけ、文科省が名古屋市教育委員会に授業内容などを照会していたことが大問題になりました。政治による教育への直接的介入になりかねないのだから当然です。これは2018年のことですが、文科省に圧力をかけていたのはやはり赤池議員でした。当時は自民党の文部科学部会長で、会長代理の池田佳隆衆院議員も加わっていた。2人は「イケイケコンビ」と呼ばれていたそうですね。
前川 それは私が勝手にそう呼んだんです。赤池、池田コンビだから「イケイケコンビ」(笑)。ただ、授業の音声や画像の提出要求などを拒んだ名古屋市教委の対応は立派だったと思います。
――彼らのような連中を保守とか右派と呼んでいいかどうかはともかく、保守政界の劣化もすさまじい勢い進行しています。
前川 かつてはこんなにひどくはありませんでした。私が直接存じ上げている方でいえば、たとえば奥野誠亮さんという政治家がいましてね。
――内務官僚出身の自民党衆院議員で、政界きってのタカ派、右派として知られていました。
前川 実を言うと、その奥野さんは私の遠い親戚なんです。私が文科省の局長だったときは杖をついてやってこられました。もう100歳になられていたんですが、「言いたいことがある」とおっしゃって。
――なんだか怖い(笑)。
前川 私もなんだろうと思ったんですが、せっかくだから課長たちを集めて出迎えたら、教科書の記述に言いたいところがあると。太平洋戦争という言葉は使うな、大東亜戦争という言葉を使えと(笑)。
――やっぱり(笑)。
前川 でも、そこで奥野さんの歴史観をいろいろ聞かせていただきました。要するに、満州事変(1931年)と満州国の建国(1932年)までは良かったというんですね。しかし、その後の日支事変(日中戦争に関する当時の日本側の呼称。1937年、盧溝橋事件をきっかけに起きた)が良くない、日支事変に引きずり込まれたのが良くなかったんだと(笑)。
――それが正しい歴史観かどうかはともかく、それが奥野さんの歴史観だったと。
前川 ええ。1937年のところで踏みとどまるべきだったというのが彼の歴史観。中国を相手にあそこまでやってしまったのが間違いだと、それなりの理屈が奥野さんたちにはあったんですね。
――少なくとも、『ちびまる子ちゃん』に文句をつけるほど愚かではない。
前川 そんなことは絶対しないですよ(笑)。そう考えると、最近は本当に程度の低い議員が多すぎますね。
近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。
プロフィール
前川喜平(まえかわ・きへい)
1955年奈良県生まれ。元文部科学事務次官。2017年に退官。著書に『面従腹背』(毎日新聞出版)、共著に『ハッキリ言わせていただきます!黙って見過ごすわけにはいかない日本の問題』(谷口真由美氏との共著/集英社)、『これからの日本、これからの教育』(寺脇研氏との共著/ちくま新書)、『同調圧力』(望月衣塑子氏、マーティン・ファクラー氏との共著/角川新書)等多数。
青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。