【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第六回

第六回 日本と韓国、市民サイドの関係をもっと深める創意工夫を 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く③

金時鐘 × 青木理

ヘイト本を出している出版社は、
人種差別をあおるようなことまでして金もうけに躍起になるなんて、
人間として恥ずかしくはないのか

――このままいくと、この国はどうなると思いますか。時鐘さんにとっては、ディアスポラとしてですが、人生の多くを過ごした場所でもあるわけですが。

金時鐘 最近は特定秘密保護法だとか、盗聴法(通信傍受法)の強化だとか、そんなことまで強圧的に導入されてしまいましたからね。私のところにもさまざまな方から、反対集会をするから発言してくれとか、賛同人になってくれといった依頼がくるときがあって、お断りするのも非常に辛いんですが、定住外国人の私は出入国管理令(現在の入管難民法)などで政治活動を禁じられている立場のひとりです。たとえば青木さんが普段発言されていることの3分の1くらいのことを私が口にしたら、すぐにも外事課の人が尋ねてくる可能性だってあります。

 ディアスポラの問題にしても日本は難民受け入れにもっとも消極的な国であるばかりか、境界を行き来することに制約が多い国でもあります。渡りに船とばかりに厄介払いをしたつもりの帰国者たちだったかもしれませんが、“地上の楽園”と喧伝されて北朝鮮へ帰国した10万人近い在日コリアンのその後の消息についても、日本政府は関心ひとつ向けませんでした。夫に従って北へ帰っていった日本婦人の想像に余る窮状に、同族として声を上げることもありませんでした。この人たちは実質的な離散家族となって、生活苦の北朝鮮で生涯を大方終えつつあります。日本人妻といわれる婦人たちの境遇には特に、朝鮮人のひとりとして胸が痛みます。

――時鐘さんが指摘されたとおり、朝鮮総聯はもちろんですが、政治的、社会的に影響力のある在日コリアンは、一貫して公安警察や公安調査庁の監視対象にもされてきました。これも苛烈な人権抑圧そのものですが、そんなことすら知らない、知ろうともしない連中が、何度でも言いますが「在日特権」などというデマを撒き散らす。しかもそれを政治が煽り、大手の出版社までがヘイト本を平然と出版しています。時鐘さんとは比べるべくもないですが、僕も物書きの端くれであり、僕たちの生業の場である出版界、メディア界が差別や排他主義を商売にしている状況をどう考えますか。

金時鐘 本当に許しがたい。朝鮮に対してだけじゃなく、中国に対してもひどいもんだ。裏を返せば、金もうけのためならなんでもするという一面が日本の出版社にはあるんですよ。こんな本や記事ばかり読まされたら、北朝鮮ばかりか、韓国嫌いにもなる。私は日本に定住している朝鮮人として、こういう本を出してはばからない出版社に改まって聞いてみたい。人種差別をあおるようなことまでして金もうけに躍起になるなんて、人間として恥ずかしくはないのか、あんたたちに恥の概念や人権意識は働かないのか、と。

――こんな腐ったことをしていたら、本当にこの国は滅びかねません。

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 第五回
【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ

近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

金時鐘 × 青木理

 

金時鐘(キム・シジョン)
1929年釡山生まれ。詩人。元教員。戦後、済州島四・三事件で来日。日本語による詩作、批評、講演活動を行う。著書『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)で第42回大佛次郎賞受賞。『原野の詩』(立風書房)、『「在日」のはざまで』(平凡社ライブラリー)他著作多数。『金時鐘コレクション』全12巻(藤原書店)が順次刊行中。共著に佐高信との『「在日」を生きる』(集英社新書)等がある。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

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第六回 日本と韓国、市民サイドの関係をもっと深める創意工夫を 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く③