平成消しずみクラブ 第7回

カラスが鳴いたら

大竹まこと
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 私が担当しているラジオ番組の月曜から金曜のレギュラー陣のなかに、はるな愛とタブレット純がいる。
 ふたりとも、変わった形の石(LGBT)である。いったいどんな青春時代を送っていたのだろう。ふたりの了解を得て、生放送で聞いた。
 はるな愛は、高校時代、まだ普通の男子を装っていた。それでもまわりの生徒は、敏感に感じ取ったのだろう。長くイジメにあっていたと話す。
 大阪の片側四車線の広い幹線道路にかかる歩道橋に立ち、いつ死のうか迷っていた。次のあの白いトラックが来たら、飛び込もうとも思ったらしい。
 父親も当時は飲んだくれ、家は荒れていたと目を赤くして話した。
 それでも、父親を含めた家族のことを考えて、思いとどまったと言う。
 そのうえ、まだはるな愛は男子であった。どうせ死ぬなら、一度、とてもかわいい女の子になってからでも遅くないと考えていたらしい。
 絶対、かわいい女性になりたかった。それまでは死ねないと話した。
 タブレット純は、いつも自分は生きていても仕方がない人間だと思っていたらしい。はるな愛と同じく、皆にイジメられていた。
 小学生の頃から、自分が人と違うことに気付いていたが、やはり誰にも話せなかったと言う。
 そして、芸能界に入り、ムード歌謡のプリンスとして売れ出すのだが、ステージにシラフで立てず、いつも酒をずいぶん飲んでから、人前に立って歌っていたと答えた。歌は続けていたが、ある時、その流れでお笑いのステージに立った。
 皆に笑ってもらった時、初めて、生きていていいのかもしれないと感じたという。
 中学生の純は、当時テレビ番組で暴れていた私を見て、こんな人でも生きていると思ったらしい。
 名誉なのか、不名誉なのか。
 誰もが危険な溝をギリギリ通り越して、今日生きている。
 ふたりは、あの時に死ななくてよかったとも語った。生きていなければ、何も語れないし、今の活躍はない。
 やっぱり死んじゃいけないんだ。

 心配してくれる親にも、自分の気持ちは伝えづらい。学校の先生に話しても、果たして本当にわかってもらえるのだろうか。友人にも話せない。
 SNSは、自分と同じ気持ちを抱く仲間を見つけ、素直な気持ちを吐露して、楽になることができる。
 ただし、知らない人に会わないという原則は大切にすべきだと、前出の尾木直樹さんは語っている。
 尾木直樹さんも、世間で尾木ママと呼ばれるようになり、本人もお姉言葉で話すことが普通に受け入れられ、ずいぶんと楽になったそうだ。
 しかし、自殺願望のある人がその気持ちを唯一伝えることのできるSNSを規制しようという話が出ている。窓口をなくせば問題が解決するのか、私は疑問だ。
 毎日新聞によれば、自殺予防のために悩みを聞く全国の「いのちの電話」に相談が殺到し、対応が追いつかない状況が続いているという。
 全国の相談件数は東日本大震災以後の二〇一二年に約七十六万件、そして昨年は約六十八万件であったと記している。電話をかけたがつながらなかった人が増えた可能性もある。
 かかってきた電話の三〜四%しか出られなかったというデータもある。

 

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連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

 
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