平成消しずみクラブ 第10回

微眠みの午後

大竹まこと

 三紙が一面のトップにあげたこの記事は、その後、追記事があるだろうと思ったのだが、私の予想に反して、尻すぼみになっていった。
 使えない核から、使い勝手のよい核へ。
 本当に世界はそれがいいと思っているのか。ヨーロッパの反応は、長崎、広島以外の県に住む人々、何より、日本のメディアは。
 私はもっと知りたい。
 そして、世界はどこへ向かうのか。
 世界百二十二か国が賛成、五十三か国が署名した核兵器禁止条約に日本は何故署名できないのだろうか。
 まだ思うことがある。
 唯一の被爆国である日本は、今回のような件が紙面を飾る時、まるで黄門様の印籠のように、広島、長崎の問題だけを言い訳みたいに紙面の下に小さく載せる。果たしてそれは、広島、長崎だけに矮小化していないか。
 もちろん、彼ら、彼女らの憤りや怒りはわかりすぎるほどなのだが。
 何か手打ちのように感ずるのは私だけか。他の自治体には何も聞きに行かないのか。それとも答えてくれないのか。
 アメリカの同盟国は日本だけではない。カナダの政府は、どんな反応を見せたのか。カナダの市民は何を感じたのか。
 政府はわかりやすく説明するという。もし、それが届かなければ、いったい誰に尋ねたらいいのか。
 新聞は、メディアは、それこそ、政府以上に伝える義務はないのか。メディアも巨大な権力である。市民に伝える義務がある。
 でなければ、私たちは船の舵さえ失ってしまうのだ。

 インフルエンザB型は厄介な病気で、年寄りほど回復が遅い。
 タミフルを飲んでも、効果はなかなかあがらず、三日三晩熱にうなされ、咳も止まらなかった。
 死ぬほど汗をかいて、枕も下着もシーツも濡れ、夜中に震えて起きた。
 嫌な夢を見る。私にはそれは夢だとわかっているのだが、なぜか起きるわけにはいかないのだ。
 夢の中で、私はその日暮らしの若者であった。左のポケットにある小銭をしっかり握りしめ、誰かに、銭の音を気づかれぬよう、地下への階段を下りた。
「そりゃ、泊めてやってもいいけどヨ! お前、金持ってるの」
 高校時代の親友と思っていた男、飯島が話しかけてきた。私は首を横に振る。
 飯島は不満そうであったが、私に階段下の天井が斜めにえぐられた部屋と粗末な布団を用意してくれ、階段を上っていった。首筋に刺青が見えた。
 しかし、いくらなんでも、この夢はひどい。
 音が漏れないように、八百六十円をポケットの中でしっかり握っている。コンビニで二食ぐらいは食いつなげると思っているのだ。
 だから、後で訪れてきた飯島の弟にも、銭などないと言い張るのだ。
 男は何のために生きようとしているのか、いつも嘘ばかりついて、人を盗み見るような嫌な顔になってしまったのか。

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連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

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