平成消しずみクラブ 第9回

春にそなえよ

大竹まこと
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『チュベローズで待ってる』の上巻をとても面白く読んだ。著者の加藤シゲアキ君は、三〇歳で、ジャニーズのNEWSというグループに属している。
 前にジャニーズの人たちと何度か仕事をしたが、彼らのスケジュールは尋常ではない。本を書く暇など、どこにあるのだ。
 二〇一二年に『ピンクとグレー』で作家デビューしたとあリ、この本はもう五作目である。
「チュベローズ」とは、新宿にあるホストクラブで、就職に失敗した若者が、奇妙な成り行きで、この店で働き始めるところから始まる。虚構性に満ちた物語である。
 丹念に取材を重ねなければ、こんな虚構にリアリティを持たせることはできないと思うのだが、作者は、NEWSという忙しいグループに所属しながら、なぜ書けたのか。
 しかも、読者は、最初の一ページから、トンカチで殴られたように、半ば昏睡状態で物語に倒れ込むのだ。
 そればかりではない。目を見張る美しい表現が、そこかしこにあって、あーとため息がでる。
 一三六ページの二行目。
「空を見上げると、フェードアウトしていくように夕焼けが青い夜に吸い込まれていく」。
 これは、美津子との電話、「うまくいったよ」「よかった」の間に書かれてある文章で、主人公の気持ちを率直に表していて、気持ちが良い。年老いたこの私でも、目を閉じれば、すぐにその情景が浮かぶ。
 帯には、「光太に深い関心を寄せるアラフォーの女性客・美津子。ひとときも同じ形を留めない人間関係のうねりに翻弄される光太」、とある。
 楽しみな若者が出てきた。噂によると、下巻はもっと面白いらしい。

 そして、もう一冊。これは著者がラジオのゲストに来られるというので読ませてもらった。
『しんさいニート』カトーコーキと表紙にある。
『チュベローズで待ってる』とは、まるで逆で、一切の虚構を許さない、リアルな漫画であった。
 うつ病に苦しみながら、必死に机にかじりついている作家の抜き差しならぬ状況が伝わってくる。
 二〇一六年の九月二八日初版とあるから、二〇一一年の震災から五年もたって、やっと描きあげられたことがわかってせつない。
 福島県南相馬で生まれ育った「ボク」は、兄の家族と放射能から逃げるように青森に向かう。二匹の犬は連れていけない。車のガソリンが底をつきそうになる。ガソリンスタンドには長蛇の列ができ、一人二〇リットルまでと制限された。列に並んでも、売り切れになってしまう。ペットボトルも、コンビニから消えた。
 私も、そういえばと思い出した。二八〇キロも離れた東京でも、同じことがおこっていたのだ。
 そして地元では、東京電力福島第一原発が爆発したというのは誤報だと防災スピーカーから流れる。人々は安堵するが、二時間後には、防災放送こそが誤報で、本当に原発が爆発したことを知るのだ。
 水道も止まって、家族は川の水を汲み、風呂に溜める。
「ボク」はなにひとつ生み出せない、非生産的な自分の存在がとても情けなく許せなかった。
 そして、自己を喪失したボクは罪悪感にさいなまれてしまう。
 物語は、自己の内に起きている症状が肉体に及び、笑うこともできなくなり、おう吐や下痢を繰り返すさまを、これでもかとリアルに伝える。読むのがつらくなった。
 ボクは、玄関ドアのドアクローザーの部品の棒にベルトを二本繋いで最後のタバコを吸う。
 そして、誰かと話したくて、世話になったミカさんに電話が通じて、ボクは大泣きするのだった。
 何もできなかったボクはやっと子ども時代に描いた漫画を思い出し、ひたすら描き続けた。
 五年の月日を要したこの漫画は、彼の生きる最後の手段でもあったのだ。

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連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

 
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