平成消しずみクラブ 第11回

官僚たちの矜持

大竹まこと

 人生で心が捻じ曲がらないようにするのは大変である。
 例えば、ゴルフ。ある人に、「ゴルフのスコアをごまかす奴は実人生もごまかす。決して信用するな」と言われた。
 ゴルフのスコアは自己申告である。ニッカーボッカーはズボンの裾からボールを落として打数を少なく申告する輩(やから)がいるから発案されたという。
 スコアをちゃんと申告する。正直、とても難しい。皆から離れた藪の中、一打空振りをする。誰にも見られてはいない。心の悪魔が私に囁(ささや)く。
「今のは素振りで、空振りじゃないんじゃないか」
 ゴルフを始めて二十数年。何年か前に決してスコアを偽らない人と知り合った。
 私は彼を見習った。のちに彼は真の友となった。私よりも十七歳年下の男である。
 自分を偽らない。ゴルフ一つとっても大変な作業である。

 佐川氏は決してスコアを偽らない人だと信じたい。
 忠実に職務をまっとうした。ただ方向性を見失ったのではないか。
 この事件前、文科省問題があった。職務に忠実だったであろう男、元事務次官前川喜平さんは天下り斡旋疑惑で辞任した。
 その後、加計学園問題をめぐり、「あったものをなかったことにはできない。公正公平であるべき行政のあり方が歪められた」の言葉を残された。
 ほんの少し前の出来事である。佐川氏はトップ官僚の落ち行く様を目の当たりにして何を思ったのだろう。
 正義を貫いた男が失墜したのだ。
 今、トップ六百人とも八百人とも言われている官僚の人事は、内閣人事局が握っている。
 ヒラメ。いやな言葉である。上ばかり見ている官僚のことを指すらしい(民間でも)。
 しかし、上を見ずに生き抜くことなどできるのか。
 佐川氏でなくても、今、全官僚たちは、自らの将来を案じているのではないか。
「私は公務員ですので、国民に対して一生懸命やってきたと思っております」
 辞任会見で間髪をいれずに答えた佐川氏の言葉は、若くしてエリートの道を歩む全官僚の志であってほしい。

 そして、この辞任会見の前日、近畿財務局の職員が自らの命を絶った。「自分の常識が壊された」と、親族と電話で話していたと報道された。

 人はなぜ自殺するのか。たぶん生きてゆくには辛すぎることが起こったのだろう。本人しかわからぬ並々ならぬ事情があったのだろう。
「いや、お前はなんで生きているんだ」と聞かれたら、言葉に窮する。
 正直、この年まで生きるとたいした理由が浮かばない。
 しかし、勝手に死んではいけないと思う。この世には、生きたくとも生きられぬ人がたくさんいる。病のためにあと数年しか生きられない人が、そして、中東ではテロで多くの人々が命を奪われ、難民の小さな子どもが海でおぼれた。
 七年前の東日本大震災。津波に襲われた福島県大槌町の六人の家族は、父と弟のふたりだけになってしまった。テトラポッドの隙間から発見された当時小学生だったその子どもは今年、高校に合格したそうだ。
 人にはみな寿命があるのだろう。与えられた命、自ら絶つようなまねはしてはならない。前にもどこかで話したことがあるかもしれないが、歌手の山崎ハコは大病を患い、生死をさまよった。
 そのことを私に告げ、なおも言葉をつないだ。
「大竹さん、知ってる、朝起きるとね、息をしてるの。大竹さん、人間は息をしてるだけで、楽しいのヨ」

 私はどこにもくみする者ではない。
 与党や野党、そして時の政府にもである。
 自由に発言できる場所、好きな音楽を楽しみ、本を読み、演劇を鑑賞する。そして、差別を嫌う。
 憎むべきは、硬直化したシステムである。そして、一極に権力が集中しすぎている、政治の在り方である。
 長い時間がかかる。
 長い時間は我々の成長のためにあるといってもよい。
 無駄にしないことだ。
 以上、えらそうに何もできないジジィが目一杯吠えてみました。

 

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平成消しずみクラブ

連載では、シティボーイズのお話しはもちろん、現在も交流のある風間杜夫さんとの若き日々のエピソードなども。

プロフィール

大竹まこと

おおたけ・まこと 1949年東京都生まれ。東京大学教育学部附属中学校・高等学校卒業。1979年、友人だった斉木しげる、きたろうとともに『シティボーイズ』結成。不条理コントで東京のお笑いニューウェーブを牽引。現在、ラジオ『大竹まことゴールデンラジオ!』、テレビ『ビートたけしのTVタックル』他に出演。著書に『結論、思い出だけを抱いて死ぬのだ』等。

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