百田尚樹をぜんぶ読む 第6回

騙す/騙される/騙されたがる

藤田直哉×杉田俊介
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【杉田】社会や現実の何もかもが相対化(ポストモダン化)されていって、もう何も信じられない、というかこの世はもともとそんなものだ、という庶民的なニヒリズムが百田という人のデフォルトとしてある、と感じますね。

 たとえば『夢を売る男』では、出版業界なんて何もかも資本主義の論理に従った金儲けの商売なんだから、芸術とか純文学とか、そういう理想なんて犬に食われろ、という冷めた商売人のリアリズムがある。俺たちの自費出版ビジネスの食い物にされて、騙されるバカが悪いんだと。難病で我が子を亡くした母親まで食い物にしていく。というより、お前らに夢を売ってケアしてあげているんだ、とね。

 しかし『夢を売る男』を最後まで読んでいくと、ラストにふっと、純粋な芸術至上主義というか、商売人的な利害を超えた編集者の矜持が出てくるんですね。この作品のニヒリズムと理想主義の共存は、すごく百田的な構造だと思う。

bee / PIXTA(ピクスタ)

 そもそも、彼が小説を書いた動機にも、そういう文学青年的な純粋さがあったようですね。ずっとテレビ業界にいて、自分の人生はこんなもんで終わりなのか、と思った。父親がガンになったり、戦争に兵隊として参加した叔父さんがやはりガンで死んだりした。そういう状況の中で、己の人生を見つめ直すために『永遠の0』を執筆したんだと。

 ちなみにその時、奥さんの態度がちょっと不気味なんですけれどもね。先ほどの家族座談会によれば、奥さんは、この人は人間としてはダメかもしれないが、世の中で一角の仕事をする才能がある、と直感していたそうです。けれどもテレビ業界で働く夫の姿を見ながら、なあんだ、この人はこの程度で終わっちゃうのか、とガッカリしていたらしい。 

 もしかしたら、そういう身近な人たちの期待に応えなきゃ、という無意識のプレッシャーを感じながら、歴史に名を残す本格的な仕事をしなければならない、という気持ちになっていったのではないか。 

 先ほどの女性の整形手術に対するこだわりについても、たぶんこの人の中には「女性の本心を知りたい」という強い欲求があるんだよね。本物の愛を知りたい、女性の本当の気持ちを知りたい。しかし整形手術によってそれが見えなくなっていく。

 本当の素顔がわからないというより、この世には素顔と整形の区別なんてないのかもしれない、ということが恐怖なんだろうね。あるいは多重人格(解離性同一性障害)のことも、本当の人格なんてものはないのかもしれない、自分にも本当の固有の人格なんてないのかもしれない、そのことをひどく怖がっている。

 ただ、そこがねじれているのは、怖がりながらも、安倍晋三や自民党、幻冬舎や保守論壇との関係をみていくと、明らかに自分から騙されに行っているところがあるんですよ。

【藤田】いやあ、普通に騙されやすい部分がある人なんだと思うよ(笑)。 

【杉田】騙されたくないという気持ちと、どこか「騙されてしまいたい」という欲望が不思議に共存しているようにみえますね。 

【藤田】それだけじゃなくって、百田は「騙される人」であると同時に、自分から「騙す人」でもあるでしょう。「騙す」というのは、詐欺をするという意味じゃなくて、テレビとか広告とか、政治とか一般の話で、イメージを操作する、ということです。

 世界がイメージとプロパガンダに満たされたものになってしまっているということを諦めながら認める、汎プロパガンダ的なシニシズムというか、テレビ的なリアリティがありますよね。それを前提にして、ニセモノではない純粋さを希求するロマン主義的な憧れも強くあります。この絡み合いが、百田尚樹という作家なんですよ。

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百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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