百田尚樹をぜんぶ読む 第8回

◆ポピュリズムと「大阪」的なもの

藤田直哉×杉田俊介
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【杉田】自分たちこそが大衆の本当の「真理」を知っている、という感覚は明らかに百田さんの中にあるよね。それは彼の純文学批判、エンタメ作家としての矜持とも関係しているでしょう。

 もちろん、エンタメ的で商人的であることは、道徳や理想を無視するということではなく、そこから出てくる道徳がありますね。『影法師』などの武士が主人公の時代小説を書いているけれど、じつは武士的理想よりも、商人的道徳が優先されるわけですね。『永遠の0』の特攻隊員も、死をも恐れぬサムライとしては描かれていない。

 

【藤田】この商業中心的価値観は、実際に本が売れた、売れている、ということが自分たちの正しさを証明している、という考えにも当然つながります。『夢を売る男』では純文学批判がされますね。それは橋下徹がかつて、文楽なんてお金にならない伝統芸能はいらない、と大衆に訴えかけたこととパラレルです。

 庶民の生活から遊離した高級な文化なんていらない、という大阪の庶民主義と、コストを削減して競争原理に委ねようとするネオリベ的なものが、そこでは融合しているんです。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

【杉田】中央に反逆する大阪ローカル主義が、結局、排外的な国家主義と繋がっていく。そこのねじれ方、反転の仕方がポイントかもしれない。

 ポピュリズムは右にも左にもなりうる、ということがポピュリズム研究では言われています。ラテンアメリカの左のポピュリズムのケースとか、それを継承したエルネスト・ラクラウやシャンタル・ムフなど、ラディカルデモクラシー論者たちの「左派ポピュリズム」とかですね。

 しかし日本だと、ポピュリズム的なものがなぜか極右+ネオリベ的な国家主義に結びつきやすい傾向があります。

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百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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