百田尚樹をぜんぶ読む 第8回

◆ポピュリズムと「大阪」的なもの

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】橋下徹的なポピュリズムの問題は、やはり重要かもしれません。百田尚樹の中にもポピュリズム的な欲望があるように見えるからです。

 たとえばデビュー作の『永遠の0』は、売れ方そのものがポピュリズム的に見えます。最初はいくつかの出版社に持ち込んだけど、断られた。ようやく出版にこぎつけたけど、初版は七〇〇〇部。それでも無名の新人作家としては結構な数字でしょう。

 しかしそれが五〇〇万部を超えるベストセラーになるには、草の根の読者たちの評判と下支えが大きかったわけです。最初は六〇代男性の読者がメインだったものの、だんだん読者の年齢が下がってきて、若い人も読むし、男女の比率も半々になったそうです。

 百田尚樹は直木賞への屈託は何度も口にしているけれど、結局、直木賞という権威には認められなかった。

 しかしその代わりに、口コミや、本屋大賞(出版社主導ではなく、書店の書店員が投票を行う文学賞)という、より草の根の読者に近いであろう場所からの評価――まあ、書店サイドや出版業界の思惑もあるわけですけれど――によって、売り上げを伸ばしてきました。これは重要だと思います。

 ポピュリスト的な政治家は、エスタブリッシュメント(支配階層)批判と間接民主主義批判、そしてメディアを介した直接民主主義的な手法によって、自分たちこそが大衆の味方であり、現状の堕落した民主主義を超える「真の民主主義者だ」と主張します。百田尚樹の小説家としての出発点の売れ方は、その意味でも、ポピュリスト的なものだったと言える――もちろん、大衆に根差した真の民主主義を主張しつつ、実は権威や権力と深く結びついている、ということが、ポピュリストの特徴の一つでもあるのですが。

 そしてそれは「大阪」という土地柄やアイデンティティ、坂口安吾が批判した「大阪の反逆」という構図とも重なり合っています。たとえば石原慎太郎的な東京のポピュリズムとも異なるような、独自のローカリティがそこにはあるでしょう。やしきたかじんや『探偵!ナイトスクープ』を育んできた大阪のテレビ業界の土壌と、百田的なものは不可分だ、という意味です。

 この辺り、僕は大阪や関西の人間ではないので、空気感や実感としてはわからない面もありますが……。

 

【藤田】ポピュリズムは、既成の議会制民主主義の「外」からメッセージを発信して、世の中を変えていこうとします。その点では、在特会もSEALDsなどの国会前抗議行動も、草の根のラディカルな動きとして、ポピュリズム的なものの表れであると言えると思います。ポピュリズム=「悪」とは必ずしもいえず、それは良い方にも悪い方にも転がりうるものですね。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 百田は、『錨を上げよ』の中で、大阪とは「ゴキブリ」のような街であり、理念や理想よりも、生きることを優先する世界だ、と書いています。実際商人の街だし、ネトウヨ思想に影響を与えていると言われている政権寄りの「産経新聞」も大阪のシェアが大きい。つまり百田の中にあるのは、商売や経済がまず何より大事、という大衆精神に根ざしたポピュリズムなのではないでしょうか。多分それが新自由主義と結びついている。

 もちろん僕は大阪に住んでいないので、はっきりしたその辺りの空気はわからないですが、少なくとも百田たちは「大阪的」な空気を意識していると思いますね。大阪が商業を中心として文化を形成してきたという話は、藤本義一・丹波元『大阪人と日本人』はじめ、大阪文化論では割とよく出てくる話です。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

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プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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