20周年のアニバーサリーイヤーを迎えたM-1グランプリ 2024は大盛況のうちに幕を閉じた。この連載でも見てきた通り、いまやM-1はビッグコンテンツとなり、それにともない関連企画も増えてきた。2024年大会においてはオフィシャルブックの『公式M-1グランプリ大全2001-2024 20回大会記念』が刊行されたり、記念すべき年を彩るムードで満ち溢れていた。
関連企画で特筆すべきは、2023年より開催されている前夜祭である。敗者復活戦の会場「新宿 三角広場」で行われる前夜祭では、過去のチャンピオンやファイナリストが当時のエントリーナンバーの呼び込みとあの出囃子で登場し、コーナーでは当時の思い出を振り返るイベントである。旧M-1のファイナリストも登場し、明らかにM-1の歴史を重視したり、ノスタルジーを喚起させたりするつくりなので、M-1のファンにとっては垂涎の企画である。
その前夜祭の現場では、なんと大きなどん兵衛と写真が撮影できるフォトスポットが登場していた。
■どん兵衛とM-1
M-1グランプリをより特別なものたらしめているのはスポンサー、および番組冒頭で紹介されるプレミアムスポンサーの存在である。長年M-1を見ている人の中にはいまだに初期スポンサーであるオートバックスの印象を抱いている人も少なくないかもしれないが、再開後のM-1においては過去のファイナリストが漫才で商品の魅力を紹介したり、芸人が登場するインフォマーシャル(通称インフォマ)やCMは大会に華を添えるものとして愛されている。現在のM-1のプレミアムスポンサーはSUNTORY、日清食品、セブン&アイ・ホールディングス、Cygamesであるが、この4社はインフォマやCMの内容自体も期待されている。
特に前夜祭のフォトブースも大人気だった日清食品「どん兵衛」は、「東西」がお笑いにおいてのキーワードを連想させることができ、年越しそば需要が狙える時期の放送であったりなど、大会自体との親和性がかなり高い。そもそも日清はM-1が開催されていなかった2011年から2014年に行われた漫才の大会「日清食品 THE MANZAI」では冠スポンサーだったこともあり、プレミアムスポンサーの中でも特に大きな存在感を示している。
日清食品の「どん兵衛」は予選においても圧倒的存在感を示しており、観客や芸人への配布も喜ばれている。とりわけ楽屋に置いてあるどん兵衛を最終的には箱ごと持ち帰ってしまうどん兵衛どろぼう・金属バットとの攻防戦は、彼らがラストイヤーを迎えるまで何年にもわたり繰り広げられSNSを賑わせた。結局、金属バットは最終的にM-1ラストイヤー後の2023年に北の大地でどんぎつねになった。
この動画は日清食品らしい、若い世代をターゲットとしてバズを狙っているネットCMであるが、お笑いウォッチャーに与えた衝撃はすさまじかった。笑顔で踊る金属バットのかわいらしさとどん兵衛どろぼうの華麗な手口が話題になったが、単にバズるだけではなく、彼らとM-1との物語が正しく閉じられ、次なるステージへの背中を押してくれるような役割を果たしたように思える。金属バットとM-1の関係性が悲しいだけのものではなくなったのだ。
ちなみに、M-1決勝戦内で放送されるどん兵衛のCMにおいては、なぜか漫才師ではなくコント師である空気階段が頻繁に起用されている。2022年は高須クリニックのCMのパロディ、2023年はボカロPゆこぴの楽曲「強風オールバック」のMVのパロディ、そして2024年は鈴木もぐら氏によるピン芸人・永井佑一郎オマージュである。このCMは、日清食品のHPから引用すると、
M-1グランプリという、日本最大級のお笑いの祭典。
ならば、そこで流すCMは、おバカなダンスとおバカなリズムで、
サンデーナイトにバカテンポを届ける、という方向がよいだろうと、至極自然な流れで、まれに見るスピード感で企画は決まっていきました。
という企画意図とのことであった。奇しくもM-1グランプリ2024のPVでは大学お笑い隆盛の象徴の2023年チャンピオン・令和ロマンや決勝常連の真空ジェシカに挑む、大学お笑いとは対極の存在である初出場のバッテリィズ、という構図が展開されていた。この、知性VS反知性ともいえるテーマ設定は、本番で現実のものとなった。そこに意図的に、文字通り「バカテンポ」のアクセルホッパー・鈴木もぐらがCMで登場し、「知性への反発」に人々が希望をもっているという事実が浮き彫りにされた。この事象は、知性VS反知性という二項対立だ! あなたはどっち派だ! などの分断を煽る脅迫ではなく、漫才やお笑いとは、見る側の価値観の気まぐれで無責任な変遷にどれだけ寄り添うかがカギとなるものであるという具体的な事例である。漫才もお笑いも、その特性上常に自己を否定し続けるメタゲームである以上、価値観の現状維持が望まれない。それゆえ大衆は、消費速度を上限まで引き上げる。
■競業他社スポンサー問題
空気階段やもぐら氏が起用されるのは、コント師であるからで、漫才師とはまた違う安定した演技力があるからだろう。漫才師、特にラストイヤーを過ぎた漫才師が漫才の形式でCMやインフォマに出演することは自然なことであるが、演技力が求められる場合はなかなか難しいこともある。たとえばR-1グランプリ2022内で放送された格安スマホ「povo」のインフォマに出演した見取り図は、あまりの大根っぷりに騒然となり賞レース本編を食ってしまいトレンドインしたことがある。それはそれで「おいしい」のだが、あくまで偶然の産物だ。多額のお金をかけてプロモーションを行うならば、狙い通りの効果を得たいと考えるのが正当だろう。
くわえてコント師である空気階段の起用が歓迎されるのは、彼らが比較的若い世代であるにもかかわらずM-1にエントリーをしないからである。M-1決勝に出場する芸人をコマーシャルに起用すると、「大会の真剣勝負感」が削がれてしまう。その意味で、かつておいでやす小田とのユニット「おいでやすこが」として2020年にM-1ファイナリストとなったピン芸人・こがけんがどん兵衛のCMに出演した際には、「おいでやすこが」はM-1に再エントリーはしないのではないかと予想された。
こうしたスポンサーからみるM-1出場者予想は、センシティブな話題であるが競業他社との問題も軽視できない。たとえば、プレミアムスポンサーであるSUNTORYの競業であるアサヒビールの関連会社のキャンペーン「スマドリ」のCMに出演している亜生氏が所属するミキは、決勝に進出するのはおそらく難しいのではないか。とくにM-1ファイナリストは大会後の関連企画としてSUNTORYの商品を飲みながら打ち上げ配信に参加する必要があるので、なおのこと現実的ではない。あるいは日清食品の競業であるエースコックのCMに出演していた頃のEXITも予選の早い段階で落選していたのも、なにかしらの事情があるのではないかと邪推してしまう。これはM-1が強力なスポンサーが番組に付くビッグコンテンツとなったために生まれる予想だが、そもそもCMに起用されるほどのタレント力がある漫才師は、M-1にエントリーするべきなのかという議題を大会側が提示しているようにも思える。
■ファミリーマートショックと準決勝ディレイビューイング終了
しかしながらこのような事情を出場者が考慮するには限界がある。M-1側がスポンサーの変更を行う場合もあるからだ。お笑いファンの記憶に新しいであろうセンセーショナルな変更は、2020年までプレミアムスポンサーを務めていたファミリーマートが撤退し、代わりにセブンイレブンになったことだ。M-1を長年観ているファンほどいまだに間違えそうになるくらいには、プレミアムスポンサーとしてのファミマは定着していた。とくにプレミアムスポンサー時代のCMも印象的であり、2020年に放映されたかまいたちが出演するコント仕立てのCMはしっかりTwitter(現・X)のトレンドに入っていた。
しかも、2024年の前夜祭で「Mおじ」ことスーパーマラドーナ武智氏も言及していたように、競業他社でスポンサーが変更になるというのは衝撃的なことである。このスポンサーの変更は、予選の企画にも影響した。2019年、2020年と準決勝は全国の映画館でディレイビューイング(決勝開始時刻から少し遅れてM-1を放映するイベント)が実施されていたのだが、この主催が株式会社ライブ・ビューイング・ジャパンというファミリーマートが設立した会社だった。2020年はコロナ禍の影響もあり劇場の配信が積極的に行われていたのだが、準決勝はディレイビューイングの集客のためにオンラインの配信はなしとされていた。しかしながら急遽配信をすることになり、すでに映画館のチケットを確保した人たちから困惑の声も漏れ、払い戻し処置がとられたりなど事態は非常に混沌としたという経緯がある。その後、何が原因かはわからないのだがファミリーマートはプレミアムスポンサーから撤退したのだった。そして2021年は有料配信と2019年より開催されているCOOL JAPAN PARK OSAKA TTホールでのパブリックビューイング、2022年は配信のみという時期を経て、ようやく2023年にイオンシネマでのライブビューイングがスタートした。スポンサーの変更によって、準決勝の会場チケットが確保できなかった場合、不便な状態となる空白期間が数年続いたということになる。
ちなみに、コロナ禍以降のオンライン配信の隆盛にともない、ワイルドカードや有料・無料配信において、さまざまな動画媒体が使用されている。たとえばワイルドカードやファイナリスト発表は2022年までは「GYAO!」で配信されていたが、「GYAO!」のサービス終了にともない2023年以降はTverへと移行した。準決勝の配信に関しては年によって開始時間などの制約が異なっているが、配信ツール自体は「FANY」(旧・チケットよしもと)である。準々決勝までの動画はYouTubeで公開されているが、決勝戦と敗者復活戦の動画は2023年以降はNTTドコモによる新興配信プラットフォーム「Lemino」へと移行した。このあたりの動画ツールの変遷や、他企画との兼ね合いなどは、外から見える範囲でもスポンサーや各社の関係が大きくかかわっていることが読み取れる。
大人の事情が乱発されるが、それだけM-1と関係したい企業やサービスが増えているということである。
■THE SECONDとスポンサー
スポンサーの問題は、M-1以外のお笑い賞レースにも影響を与えている。2024年に2回目を迎えた「THE SECOND~漫才トーナメント~2024」を例に考えてみよう。本大会は「M-1グランプリ」の決勝進出を果たすことなくラストイヤーを迎えたのち改名や上京を経て見事優勝をつかみ取ったガクテンソクと、M-1グランプリ2008ファイナリストでありながら同大会で最下位に沈んだものの近年の劇場での沸かせっぷりが話題となっていたザ・パンチなどの活躍により、「M-1後のTHE SECOND」というストーリーを参加者全員で盤石なものにしていった。この盛り上がりは、多くのお笑いファンにとって強く印象に残った出来事だったのではないか。
M-1が国民的な大会であるならば、THE SECONDはお笑いファン的な大会であるといえる。お笑いファンによって審査されるという最大の特徴に加え、6分という長尺、マッチの多さ、お笑い好きがわかる文脈に依存している背景が多いなど、ファンでなければ疲労してしまいそうな建付けであり、特にお笑いに興味のない人がなんの気なしに最後まで見るには少々ハイカロリーである。M-1でいうならば、2023年以降の敗者復活戦と似たパワーを要する。ネタとしては議論を呼ぶファイナル選出ではないため一般感覚に沿ったものが多いのだが、M-1があくまで決勝は煽情的なVTRや審査員審査によってTVショーとして見せ方を重視することで国民的と呼ばれるのならば、絶対評価での採点、出演者や観客、その他関係者への配慮の行き届いたTHE SECONDはお笑い好き向けの大会だ。
このように「配慮の行き届いたTHE SECOND」とすることができたのは、実はスポンサーのおかげでもある。チーフプロデューサーの石川氏曰く、2024年大会からアサヒビールが冠スポンサーに就任したことによって、制作側が希望していた4時間10分という放送尺とすることができたとのことだ。十分な尺を確保することで決勝戦の運営や漫才師側のパフォーマンスに支障をきたすことがない。
先述したアサヒビールの「スマドリ」という飲み方の多様性についてのCMを放送内で何度も流すことによって、十分にその概念と自社商品をアピールしていた。もともと「スマドリ」のCMには浜田雅功氏を筆頭に、ブラックマヨネーズ・小杉竜一氏、ミキ・亜生氏、3時のヒロイン・福田麻貴氏が出演していたこともあり、お笑いとの親和性も高く、また「THE SECOND」の出場資格でもある「結成16年以上」の出場者や彼らのファンにはだいたいの場合20歳を超えているだろうという面からもコンセプトとしてピッタリだ。スポンサーという観点から見てもTHE SECONDはまさに配慮の大会である。
つまりSUNTORYのM-1、アサヒビールのTHE SECONDという形で完全に競業することになっているのだが、「日清食品 THE MANZAI」時代から考えると同じフジテレビの「THE」シリーズに日清が引き継がれなかったことは皮肉なものである。別に引き継がれなくても問題はないのだが、繰り返し同じCMを流すよりは、どん兵衛とM-1のように何かしらのドラマや関係性を表現したCMやプロモーションを展開したいところだろう。
また、M-1のような大きな大会となっていくためには、スポンサーの数や企業規模も重視されていくことだろう。「THE SECOND」2024年大会中にオンエアされた、紅しょうが出演していたオンラインショッピングサービス「Temu」のインフォマは、ワイヤレスイヤホンが100円、テントが300円などというそれ自体がボケなのではと思うほどに衝撃的な価格で商品を購入できるという情報がわかりやすく伝えられてはいた。しかし「Temu」に関しては、2023年にアメリカ議会の「米中経済安全保障再考委員会」よりクレジットカードの安全性についての懸念事項を指摘されていたり、2024年4月に韓国の仁川本部税関によって発がん物質の検出を報告されていたりなどの報道が相次いでいた。真偽を精査する必要はあるが、懸念がある渦中にインフォマとして放送することについての是非を問う声が漏れ聞こえてきたのは否めない。始まったばかりの大会でのスポンサー集めは苦労することだろうが、初期M-1が行ったように、あるいは現在のM-1が行っているように、丁寧な完成性を築くことで名実ともに、配慮だけではなく愛のある大会となっていくことだろう。
■ファンとスポンサー
放送本編ではお笑いへの愛と敬意に満ちているスポンサーによる提供という印象を強く植え付けているM-1であるが、THE SECONDのようにお笑いファンが主体となってかかわっていく予選や地上波放送以外のところの動画ツールや配信関連では、そのコンテンツ規模の大きさゆえ、年によって臨機応変な対応を余儀なくされている印象である。しかしどんなに複雑になってもついていくであろうM-1ウオッチャーと、なんとかして本編以外のどこかに食い込みたい企業の双方にメリットがあるがあるうちは、翻弄されながらもさまざまな事情を汲み、コンテンツを享受する意識を持ち続けることだろう。
(次回へ続く)
いまや漫才の大会としてのみならず、年末の恒例行事として人気を博しているM-1グランプリ。いまやその人気は「国民的」とも言える。なぜあらゆるお笑いのジャンルのなかで、M-1だけがそのような地位を確立できたのか。長年、ファンとしてお笑いの現場を見続けてきた評論作家が迫る。
プロフィール
てじょうもえ
評論作家。広島県尾道市生まれ。『カレーの愛し方、殺し方』(彩流社、2016年)で商業デビュー。『平成男子論』(彩流社、2019年)のほか、『ゼロ年代お笑いクロニクル おもしろさの価値、その後。』『2020年代お笑いプロローグ 優しい笑いと傷つけるものの正体』『漫才論争 不寛容な社会と思想なき言及』『お笑いオタクが行く! 大阪異常遠征記』『上京前夜、漫才を溺愛する』など多くの同人誌を発行している。